方言を用いたギャグソングが話題になり、テレビやラジオ、新聞に取り上げられる機会が増え、鳥取県PRイベントの出演依頼が来るようになりました。

最初はただ楽しくライブができればいいと考えていたのですが、「いつも鳥取県のPRをありがとうございます」と言われることが増えてきました。
時には鳥取PRをやっている者としてテレビや新聞でコメントを求められることもありました。

「そうか、方言で歌うことも鳥取県PRにつながるんだ」と思い、喜んでもらえるならと、それからはより鳥取県に目を向けるようになり、積極的に鳥取県の名物や名所を歌詞に入れた曲を作るようになりました。

2001年に鳥取県西部地震復興支援ライブを主催し、2003年には鳥取県倉吉市重要伝統的建造物群地区内の火災の復興支援ライブを主催し、義援金を寄付させていただきました。

2004年には羽合町(現湯梨浜町)閉町式で「功労者表彰」をいただきました。

2010年鳥取県中部地方に多い牛骨ラーメン店を、B級グルメの展開で全国にアピールして行こうと、有志が集まり「鳥取牛骨ラーメン応麺団」が結成され、団長さんから、「ぜひ、応麺団のテーマソングを作ってください」と依頼されました。
ふたつ返事で引き受け、私の作詞作曲で出来上がった「鳥取牛骨ラーメン応麺歌」でした。

その後牛骨ラーメンは全国的な話題になり、全国ネットのグルメ番組にたびたび登場するようになりました。そのたびに「応麺歌」がBGMとして流されました。テレビニュースでラーメン店を巡って紹介するレポーター役もやりました。

もちろん、B級グルメイベントのステージで何度も歌いました。

その頃、鳥取県出身で東京でライブ活動をしている竹内克文氏と一年限定のコラボ活動をすることになりました。
どうせやるなら二人で「鳥取県」をイメージした、できればお互いが暮らす都会と故郷をつなげるような歌を作ろうと話が決まり、出来上がったのが「梨のうた」です。

以前から面識のあった平井鳥取県知事とお会いした時に、「今、ふるさと鳥取と県外で暮らす鳥取県出身者をあったかくつなげる歌を作ってるんです。出来上がったらCDを持って伺います」と話すと、「そうですか、ぜひいらしてください。お待ちしています」とおっしゃってくださいました。

CDができ上がると、すぐに県庁まで持参しました。知事の「どうせなら生で歌ってください」というご提案どおりに知事の面前で歌わせていただきました。知事のはからいで、テレビ局、新聞社などたくさん取材していただきました。

県の「食のみやこ鳥取県」のPRイベントの一環として、二人で、鳥取県各地と東京でライブを精力的にやりました。

その後も、鳥取県交通安全協会の歌を2曲作り、鳥取県が取り組んでいる自死予防テーマの睡眠キャンペーンソングも作り、歌っています。

もし、これをご覧になられたあなたが少しでも私のふるさと鳥取の方言の歌に関心を持っていただいたなら、ぜひ動画からでもけっこうですので、鳥取県に触れてみてください。

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鳥取県交通安全協会ソングはこちらから聞けます。
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交通安全協会

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鳥取県睡眠キャンペーンソング「やさしい眠りをあなたに」はこちらから聞けます。
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福祉保健局

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