これでいいんだろうか?

32年間の消防生活の中で、現場にいたのは24年間でした。

その間、何人の人を救急搬送したんだろうか、と思うことがあります。

今思えば、こまめに日記を付けておけばよかったんですが。

CPA(心肺機能停止)患者を何人搬送したんだろうか。

死亡の判断は医師ではないとできないんですが、救急隊員でも死と判定して搬送しないケースもあるのです。

たとえば首が切断されていたりとか、死後時間が相当経過していると判断できる場合など、いくつか規程がありました。

現場に行くものの、何人不搬送で帰ったんだろうか。

本当は全員、忘れずにいるべきなのに。

自死した人、病状が急変した人、思いがけない事故で絶命した人、様々でした。

泣き叫ぶ家族に囲まれている場合もあれば、ひっそりと朽ちるように死を迎えた人、どのケースもなんとも言えない気分になります。

死後相当時間が経過していて、もう蘇生の可能性がないことを説明しても、その事実を受け入れることができなくて、泣いて懇願する家族。

心肺蘇生も、応急処置もできず、あとは警察の到着を待って引き継ぐだけ、という状況がよくありました。

派出所のお巡りさんが出て来ている時もありますが、それでも署から刑事課の担当官がやって来るまで待ち続けます。

早くても30分。

その長い長い30分間、亡骸を見つめたまま沈黙。

肉親や知人だと冷静に見つめることはできないんでしょうが、生前会ったこともない人の顔をじっくりと凝視します。

初めて見るその肉体は、とても静かに横たわっています。

肉体は「借り物」とよく言います。

もはやその遺体は誰のものでもない、ということをしみじみと感じます。

元の借り主は、もうこの借り物の中には存在していない、ということが理屈でなく感じられます。

苦悶の表情も、無表情も、まるでオブジェのように無機質に感じられます。

かつて発せられた声も、優しかった眼差しも、もう存在しないのだと。

ようやく引き継いで戸外に出て、陽光の中に歩み出ると、こうして生きて動いていることが、呼吸することが、なんて不思議なことなんだろうと思えました。

いつか私の声も、ぬくもりも、悩みや喜びも、確実にこの借り物から出て行っていなくなるんだ、と。

借り主の私は、これでいいんだろうか、といつも思いながら現場から帰署していました。

その答のひとつが「脱サラ」だったのですが、そこに至るまで何度も何度も様々な死に立ち会いました。

同僚の死も含めて。

脱サラ後も、借り主の疑問はすべて解消されたわけでなく、やっぱり「問う」ことは続いています。

これでいいんだろうか、と。

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