イタズラと笑い地獄

私は幼い頃から今に至るまでずっと笑い上戸でした。

そう言うと、「笑うっていいよね」なんて簡単に言われそうですが、実は「笑い」で苦しみ続けた我が半生でした。

思えば小学生の頃、シーンと静まり返って真剣な気配がみなぎると、「プッ」と吹きだしてしまう子供でした。

「笑ってはいけない」状況だからしょうもないことでもおかしくて仕方なくなるんですね。

小学6年間一度も宿題をしていかないという偉業を成し遂げた私ですから、毎日罰をいただいていました。

姿勢が猫背だということで背中に竹の物差しを入れられたり、授業態度が悪いと、当時あった「特殊学級」に連れて行かれたり、イスに縛られたこともあり、さらに悪ふざけをした時は、ひと学年下の教室に机とイスをもっていかれ、そこに1時限いさせられたこともありました。

小学5、6年生の時は、男性教師に毎日頬をぶたれました。

これがまた恒例になると、怖くもなんともないわけです。

何のために勉強なんかしなきゃならんのか皆目分からなかったし、分かろうという気もありませんでした。

友達が叱られている姿を見ては、プッと吹きだし、入学式や卒業式の予行演習はほんとに地獄でした。

もう体育館に整列した時点で、体がピクピクして、校歌斉唱ともなると笑いに堪えるのに必死で、声なんか出ませんでした。

それはそれは辛い苦行の時間でした。

逆に自分から笑いを作り出すこともやっていました。

中学の時はさらにひどくなり、授業中、先生が黒板に文字を書いている時に、前の席にいる級友の背中に物をぶつけたり、頭に輪ゴムを飛ばしたりして、そいつが振り向くと素知らぬ顔をするというイタズラをしました。

が、顔がどうしても笑ってしまうので、すぐにバレるわけですが。

廊下に立たされ水の入ったバケツを両手に持たせられるという、古典的な罰を受けることもあり、それが友人と並んでやらされると、もうえらいことです。

水のかけ合いにまで発展し、今度は別の罰則を適応されることになりました。

当時からナイーブでデリケーツハートだった私は、修学旅行などに出かけると平常心でいられなくなり、夜は就寝時間になっても騒ぎまくり、やはり廊下で正座させられるのですが、いっこうに効き目はありませんでした。

布団に戻されても、眠れないので天井を見ているうちに、その静けさがおかしくて「プーっ」と吹きだすと、何人かが起きていて、やはり「プーっ」と笑いだしました。

それがまただんだんゲラゲラ笑いになり、またも廊下へ。

悲惨な半生です。

seifuku

高校になっても、声が妙に甲高い男性教師がしゃべるとどうしても笑ってしまいました。

授業中に、国語の教科書に出て来る「詩」のパロディを作っては、こっそり回覧して笑いを取ったりしてました。

もちろん、先生の似顔絵を描いて回したりもしました。

友人の学生服の背中に「バカ」と書いたわら半紙を、さり気なくセロテープで貼り、そいつが先生にあてられて黒板に解答を書きに席を立つと大爆笑になったり。

消防職員になってからも、イタズラ心も「ゲラ癖」も衰えることを知りませんでした。

毎日の勤務交代の時にすでに始まりました。

上番・下番がそれぞれ相対して一列に並ぶんですが、向こうに並ぶ者の顔を見ながら、署長や当直司令の視線をさけつつ変顔をやるわけです。

何人か私の犠牲になって吹きだしてしまい、激しい勢いで叱責されていました。

犯人の私自身も、こんなに辛いことがあるのかと思うほど笑いをかみ殺すのに必死でした。

時には反対に変顔攻撃を受けることもあり、もう身をよじりたいほどの苦しみでした。

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