前職消防では、幹部にならない限り、肉体的故障とか体力の劣化などがあれば、上司であっても軽んじられる傾向にありました。

表だってそれを表現する者やしない者や、そこは様々でしたが。

「口では偉そうに言ってるけど、現場で動けねえじゃねぇか」

なんて感じです。

それもあって動けない人は定年を待たずに早期退職する人が続きました。

なので、親しい後輩には、

「腰痛めたから、救急あったらフォロー頼むな」

と言えるのですが、中には何かあったら先輩をこき下ろしたろ的な者もいるので、そういう部下と救急隊になるときは、いくら腰が痛くても痛そうな顔をしないようにしていました。

職場でもそんなふうに気を張っているので、非番日はぐったりしていました。

そんな中で、ライブ活動をしたり、ラジオ出演のために1時間20分くらいかけて放送局に行っていました。

以前、ラジオが終って帰りの夕方の交通ラッシュ時に、信号待ちしていて追突された時には、疲れ果てて怒る気力もありませんでした。

相手と話してみると間接的な知合いだったので、怒鳴ったりしなくて結果オーライでしたが(^_^;)
「俺、何やっとんのかなぁ?」

そんな気持ちに襲われることがありました。

人前で歌うことでチヤホヤされることにも慣れ、モチベーションも下がっていたこともあったのかもしれません。

子ども達二人は、その頃はすでに都会に住んでいて、妻と二人暮らしでした。

妻のうつの状態もよくない時期でした。

非番で帰って、炊事をしたり掃除をして、夜ライブに出かける前には夕食の準備をしてから出かけていました。

「なんか、俺、疲れたなぁ」

なんて心の中でブツブツぼやいてました。