家族や友達みたいな歌を

尼崎の電車事故から「惨事ストレス」という言葉をよく目にするようになりました。

その時には主に現場の救助にかかわった消防職員に対して、心のケアをしなければならない、と国からいろいろ文書が来ました。

消防士が心に傷を残す出動事案は、

同僚のけがや殉職

子どもの遺体を取り扱う

自殺

火災

自動車・列車事故

の順になっていました。

惨事ストレス体験後の反応としては、

当時の場面を思い出し、嫌な気分になる

出来事に対する悪夢を見る

眠れない、いらいらする

出来事を思い出しそうな人、場所、状況を避ける

さらには、これまで楽しんでいたことを避けるようになる

呆然としている

記憶が途切れている

感情が湧かない

自分が無事であったことを責める

こんな思いをしているのに誰もわかってくれない

などの反応があるそうです。

かつては私も、いくつかの反応を経験しました。

去年の大震災後の調査では、現場で救助活動をした消防職員の9割が、眠れないとか、絶望感・無力感を抱いていることがわかったそうです。

さらに、援助にあたった行政の職員、ボランティアの方に向けても心のケアについて言われるようになりました。

事件、事故現場に慣れているはずの消防職員でさえトラウマを抱えるのですから、一般の方はもっと大きなショックを受けてきたはずです。

そのような場合には、まず休養と休息をとり、親しい人ともに過ごし、安心を得ることだと言われています。

そして、ある程度落ち着いたら一緒に活動した仲間と、話しあうことが大切だと。

自分ひとりがこんなふうに感じているのだろうか、と孤独感に襲われるからなんですね。

特に消防、警察、自衛隊などは、根性一本槍な世界ですから、上司によってはどうしてもそんな心理を理解できない人もいると思います。

私の体験では、いくら国から通達で「職員の心のケアを」といって来ても、

お前ら、消防に入って来たということは、ちゃんと覚悟して来たんだろ。

人を助ける側の人間が、いちいちショックを受けていてどうするんだ。

という事を含めながら対応策について言われてきました。

そこにはうつ患者を生み出す構造がありました。

大震災の半月後に職場を去った私には、災害発生直後に現地に向かったかつての同僚達が、その後どのようなケアを職場から受けたかについては知るよしもありません。

人が人の形ではなくなった状態や、自分の子どもと同じ年頃の子どもが命を無くした姿を目にして、何も感じずに粛々と業務を遂行できる人間が、いったいどれだけいるでしょうか。

現場では、責任感から夢中になって活動します。

夢中で活動しながらも、涙が流れて、こらえようと思っても流れて、止まらないこともありました。

活動が終わってひとりになると、その情景が鮮明によみがえるのです。

動揺したり、悲しんだり、苦しんだりすることは、悪いことではないと自分に言い聞かせました。

せめてそれを部下に伝えられる上司でありたいとも思いました。

家族、友人、仲間の存在はありがたいものです。

たとえ、どんなに傷ついても、その時彼らをどんなに遠くに感じても、一緒にいるだけで、やがて傷は癒え、力がふたたび満ちて来ます。

私はそんな、家族や友人や仲間みたいな歌を作って、歌っていきたいと思っています。

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