署に配属された当初、先輩が聞きました。

「以前、配属されて最初の救急出動で、血を見てショックを受けてすぐに辞めた者がいたが、君らは大丈夫か?」

血を見て、と言ったって、救急事故現場に居合わせたこともないし、すごい出血なんて見たことないので、なんとも答えようがありませんでした。

しかし、辞職するくらいショックを受けるものなんだろうか?

と、その時は少しビビったんですが、当番のたびに救急出動していたら否応なく慣れてしまいます。

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骨折の手当ても、止血も慣れてしまいましたが、事故現場や救急車で搬送中に動転したり、悲嘆にくれる家族を見ると、胸が痛んで、それには慣れることができませんでした。

人の命って、なんてあっけなく消えて行くものなんだろう。

そう思こともよくありました。

朝、「行って来ます」と元気よく家を出た家族が、まさかその数十分後にむごたらしい姿で亡くなるなんて誰も想像しません。

バイクの単独事故で、道路から遠くの畑に飛ばされて亡くなった少年のそばに、弁当の包みが転がっていました。

お母さんが少年のために愛情をこめて作った弁当だったはずです。

またある時、朝の通勤に向かうお父さんの車の前を、やはり仕事に向かう娘さんの車が走り、いつもなら仲良く並んで出勤というところだったでしょう。

その娘さんの車が事故に遭いました。

救急車のストレッチャーに横たわった娘さんは、呼吸のたびに血を吐いていました。

お父さんは声をかけることもできずに、呆然としていました。

また別の日の事故では、自転車に乗っていて交差点で乗用車にはねられた少女を病院に搬送しました。

呼吸停止したため、病院でもずっと心肺蘇生を行いましたが、医師が家族に死を告げました。

家族は納得がいかなくて遺体にすがりながら、

「がんばれー! がんばれー! お前は強い子だっただろー!! 部活でもあんなに頑張ったじゃないか!!」

と、ひたすら呼びかけていました。

そんな家族の姿を間近に見ると、せつなくて、しばらく気持ちの切り替えができませんでした。

言いようのない無力感。

日常生活のいたるところに「死」の入口があって、みんな気づかずに生きているんだと思いました。

こうやって無事に生きていることは、ある意味「奇跡」なのかもしれない。

自分自身だっていつその「死」の入口に飲みこまれてしまうかもしれないではないか。

俺は、生きて、生きて、生きて、生きた、と言えるだろうか。

少しでも満足感か達成感か充足感を味わったと思えるだろうか。

やりたいことの1割でもやったんだろうか。

そう考え続け、翌朝の勤務交代後、ひとりになると無性に涙が流れました。