泣きたかった時期

男ってどうしても泣かない習慣がついているような気がします。

映画を観て、ああここ泣かせどころだなぁ、と構成的な作り方を冷静に見ているつもりでも、年齢のせいかついつい涙が出てしまうことがあります。

でも、意外に自分のことでは泣けないな、と思います。

昨日の続きですが、

マイナス思考傾向が強くなり、だんだんイベント依頼が来るのが苦痛になるものの、なかなか断り切れない自分もいました。

妻の病気の状態も芳しくなく、不安定な心理状態が続いていました。

母親がよく電話をしてきては、家族の健康状態を聞くのですが、病気の話などは一切せずに、

「みんな元気だから心配ない」

とくり返していました。

おそらく、ほとんど実家に顔を出さなくなった妻の調子が悪かったことはうすうす気づいていたと思います。

ですが、母は一切その事について触れませんでした。

その思いやりに妻はとても感謝していました。

私は、ときどき精神的に苦しくなることもありましたが、それを誰かに相談したり、愚痴をこぼしたりしたことはありませんでした。

妻を守りたいと思っているのに、誰かに愚痴をこぼしたりしたら、大事な何かを失うような気がしたからです。

「自分がしっかりしなくてはいけないのだ」

ずっとそう思っていました。

「自分がなんとか頑張って妻を支え、家族を支えなくてはいけないんだ」と。

電話で母の愚痴を聞いてやり、自分の苦痛を訴える妻の話を聞いていました。

だけど時折、誰にも自分の話はできないし、誰も分かってはくれないのだ、とヤケになりそうなこともありました。

それでも、ため息をつきながら苦しそうにしている妻を見ると、

一番苦しいのは妻なのだ、それに比べれば病気ではない自分の苦しみなど取るに足りないものなのだ、

そう思い直しました。

歌を作ったり、歌ったりすることで紛らわしていました。

しかし、反対車線の大型トラックに思わず引き込まれそうになった時、大声を上げて目を反らそうとした時、ほんとは自分の感情を出したかったのだと、今になって分かります。

大声を上げて泣きたかったのだと思います。
俺、苦しいんだ、

ほんとは苦しいんです!

助けて下さい!
そう叫びたかったんだと。

でも、当時の私はそんな思いを意地になってふり払っていました。

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