消防士が見たゴミ屋敷

ゴミ屋敷は、

「ゴミ屋敷」と言ってしまうことは、失礼になるかもしれませんが、一般的に分かりやすい表現として、便宜的に使わせていただきます。

ゴミ屋敷は、その成り立ちはふたつに分かれるようです。

なんて、いかにも学術的に研究したような物言いですが、あくまで私の大ざっぱな感想です。

ひとつは、我々からみれば「ゴミ」としか見ないような物を、「貴重な資源」と見なして収集し、住居に堆積させていくタイプ。

もうひとつは、生活の中で出たゴミをそのまま放置して、結果としてゴミの山の中で暮らしているというタイプ。

その両方を見ました。

おそらく生でその実態を見たら誰もが唖然とすることと思います。

「息を飲む」とはまさにこのことだと思いました。

これに比べたら地域のゴミ収集所なんて整然としたものです。

これを映画の撮影で再現しようとしたら、そうとう時間と労力を費やすことは間違いないと思いました。

ある意味、日々の積み重ねってすごいものだなぁとしみじみ思いました。

「資源収集タイプ」の人が、収集したものを整然と並べていて、居間はとてもきれい、なんてことはまずなくて。

まぁ、そういう面では「生活ゴミ放置タイプ」との混在型とも言えます。

とにかく室内がまともに歩けない。

ゴミ袋が何重にも堆積した上を歩いて移動。

中身の残ったカップ麺があちこちに捨てられて腐っていたり、中がカビでびっしりの鍋が転がっていたり。

異臭も激しく、この中で耐えていけるとは、ほんとに人は環境に順応できるものなんだというゲンジツに驚かされます。

人間の嗅覚って、ずっとそこにいれば確かになれてしまうもので、まぁ便利といえば便利なのかもしれません。

ガステーブルの周囲もえらいことになっていて、割れて中身が流れ出している玉子がいくつも腐っていたり、カップ麺の容器が散乱していて、

そりゃここでガスつけたら周囲が燃えるでしょ!

という状況だったり。

よくテレビの心霊番組でお笑い芸人が廃ホテルとか廃病院に肝試し潜入するシーンを目にしますが、もうあんなもんじゃないです。

「怖い」ということではなくて、愕然とする感じです。

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