無力感と向き合う

東日本大震災の現場で救助活動をした消防隊員の9割が「惨事ストレス」の症状を経験している、

という調査の結果が出ていました。

むしろ、1割の人が症状を経験しなかった、というのがすごいなぁと思いました。

災害出動経験のある消防職員1900人が回答したアンケートで、「災害時の体験」についての回答では、多い順に

・死体を見た、あるいは死体に触れた

・死体が凄惨あるいは衝撃的な災害であった

・ふだんの災害より過度に体力を消耗した

・死傷者がいるところで、長時間作業をした

と、続きます。

「活動時の症状」では、

活動中に受けた衝撃が、数時間しても目の前から消えなかった

活動中、見た情景が現実のものと思えなかった

現場で活動したが、実を結ばない結果に終わり、絶望や落胆を味わった

という順になっています。

普段の救急搬送時でも、被搬送者が亡くなった場合、隊員は、それが自分のせいではないと分かっていても、何もできなかったと自責の念を抱き、無力感を感じてしまう人が多いそうです。

まさしく私もそうでした。

自損行為で縊死された方を前に、なすすべもなく警察刑事課担当者の到着を待つときなど、家族の半狂乱の姿を見ながら、いいようもない無力感に襲われました。

「助けて当たり前」の職業なのですが、助けられなかった場合も当然たくさんあります。

その都度襲ってくる無力感に堪えながら、亡骸を運んだり、毛布をかけて引き継いだりしました。

自衛隊職員も警察官も、また消防とは違った種類のストレスも抱える職業だと思います。

それでも、おそらく消防よりはストレス対策の取り組みが行われているのではないか、と思います。

ほとんどの消防機関がストレス対策を実施していないという調査結果も出ています。

私のいた消防局でもカウンセリングの対応とか、専門医への相談という体制は作られいません。

逆に韓国では、そういう体制があっても相談すること自体を同僚に知られたくないという理由で、カウンセリングを受ける人もいなく、自殺する人が多いそうです。

その人数は災害現場で命を落とす殉職者の人数をはるかに超えるそうです。

どちらにしても、消防の現場対応を職業とするからには、この無力感を自らが引き受け、解消するしかないのだと思います。

個人的にカウンセリングを受けるとか、専門医に相談するとか、いろいろ方法はあると思います。

が、私が消防に在籍していた頃、この田舎にカウンセラーなんているのか、という感じでした。

おそらく現在でも行政がらみのカウンセラー以外はごく少人数ではないかと思います。

無力感に向き合いながら、本当に自分は無力だったのか、と自問し、「理屈ではない、感情だ!」と叫びたい自分に話しました。

自分はやれることはやったではないか、と話しました。

ゆっくり、じっくり、自分に話しかけ、自分で自分を認めようとしましたが、それはなかなか容易なことではありませんでした。

一緒に出動した隊員とその気持ちを共有できたときには、すごく癒されました。

一人で抱え込まずに、同じ感情を確認し合うだけで、こんなに救われるんだと思いました。

時には無理解な友人もいたりして、逆に傷つけられることもあるかもしれませんが、そこから本当の親友を見つけることもできるのかもしれません。

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