ぼや火災から全焼火災まで、いろんなレベルの焼損程度の家屋を調査しました。

出火点を限定したり、出火原因を突きとめるために、家族や近所の人に質問調書を取ります。

そうすると、いろんな人間関係が浮き彫りにされて来ます。

家族間の日頃の関わり方とか、近所との確執とか。

なるほどそーか、そうなのか、と話を聞いて合点が行くケースがけっこうありました。

何百件もの火災の調査経験の中でも一番ヘコむのが、死者が出た火災の調査でした。

遺体の状態も、一酸化炭素中毒で、いわゆる煙にまかれて亡くなりほぼ無傷だったり、あるいは炭化してしまっていたり。

焼死体も、居室で典型的な焼死ポーズ、ボクサースタイルで亡くなっているものもあれば、焼落物の下になり、容易に発見できないこともありました。

全焼して、すべての部屋が焼落物に埋まっている中、遺体を探すことも何度もありました。

2回、私が発見したことがあります。

焼損して落下したガレキの中に、小さな、細い物が2センチほどちょこんと飛び出ているのを見つけ、少し掘ってみると、指でした。

あちこちに分かれて発掘作業をしている調査員や警察刑事課さんも呼び、掘り出し、遺体の撮影、位置の計測をやりました。

遺体も、前面、背面と両方を撮影します。

その段階では、特に感情移入することもなく、淡々と事務的に調査を進めて行きます。

調査が進むにつれ、故人の置かれていた境遇などを知って行くと、なんと世の中は無慈悲なものだ、と切なくなるケースもありました。

ちょっとしたボタンの掛け違いのような偶然が働いて大火災になる場合もあれば、明らかに何度も放火にリトライしたのにボヤで終わってしまうケース。

交通事故もそうですが、車は大破していても意外に軽傷で済んだり、一見軽い事故に見えるのに死亡していたり。

そこにどんな法則があるのか、まったく分かりませんが、運がいいとか悪いとかって歴然とあると思いました。

誰でも、明日、いや今日、自分がどうなるのか分かりませんが、いつもそんな現場を体験するたびに、後悔しないように生きたいと思いました。

もっと家族を、友人を、出会った人たちを大切にしようと思いました。