思えば、よくアルコールを飲んで来ました。

前の職場は、何かにつけ飲み会が開催されるところでした。

最低でも半年に一回は異動があり、その都度歓迎会、そして送別会です。

それも、署単位でやり、さらに係でもやりました。

花見があり、忘年会があり、以前は出初め式の後に新年会がありました。

不定期に開催される合同訓練会の後に慰労会があり、鳥取県内の消防局担当課単位の会議や、中国5県の会議もあり、やはりその後は懇親会です。

消防大学や救命士の研修所に派遣される者の送別会。

それに、職場内の高校同窓会もありました。
同じ消防局の同期会もあれば、何回か消防学校にも行っているので、その同期会もありました。

さらには年二回ある火災予防運動の打合せで、消防団との飲み会もありました。

火災原因調査担当の時は、警察の刑事課の担当の人とも懇親会がありました。
幹部の義理がらみ飲み会に、半強制的に参加させられることもありました。

危険物の担当の時は、危険物保安協会関連で、会議後や消火競技会後にも飲み会がありました。

きりがないのでやめますが、他にもいろいろありました。もちろん、仲のいい者同士の任意の飲み会も頻繁にありました。
仲良しとの飲み会は望むところでしたが、ほかは「もうええわ!」と思っていました。

「なんで割り勘で飲んだ上に、説教されたり絡まれたりせにゃならんのだ!」と思っていました。

若い頃はよく、「まー、行け、グーと行け!」などと言われ、

「明日は勤務ですから」と言うと、

「心配するな、明日の当直司令の俺が言っとるんだ。いいから飲め!」とグイグイ飲まさせられたりして、

翌朝、二日酔い気味でゾンビみたいな顔で出勤したら、

「おい、石川! 翌日まで苦しいほど飲むな!」と一喝されたりして。

「お前が無理やり飲ませただろうが! それをなぁ、世間じゃパワハラちゅうんだぞ!」

などと言えるはずもなく、「はい、すいません、(この野郎)」とカッコの中の言葉は声にせずに、まったく心のない詫びを口にしたりしてました。

会話の多くは、仕事の愚痴、上司の批判、部下への非難でした。

「お・俺はなぁ、だ・だいたいだなぁ、い・今の体制をだなぁ」

などと呂律のまわらぬ舌で、それでもみんなフルボリュームで叫びます。

「まぁ、もう一軒、ほんともう一軒だけつき合って」って言いつつ何軒もエンドレスになり、そりゃ次の日死ぬわなぁ、という感じでした。

私の友人の名言に、

「この苦しみの原因が酒だと分かっていなければ、間違いなく救急車を呼んでいた」

というのがあります。

確かに、二日酔いと分からずにあんなに苦しかったら、普通は救急車を呼んじゃいますね。

逆に、救急搬送中に、ストレッチャーに横たわる被搬送者を見ながら、

「明らかに俺の方が、この人の何倍も苦しいわ」と心の中でつぶやいたことが何度かあります。

それに比べて脱サラ後は、純度100%の楽しい飲み会ばかりになりました。

隔日勤務の頃は、否が応でも禁酒日があったのですが、今はエブリデイ飲酒であります。

それでも、おそらく以前よりは肝機能も良好だと思います。