「生きる」ってなんだろう

誰もが、「生きる」ことについて思いをはせることはありますよね。

私が「なんで人間は死んでしまうんだろう」、と考えはじめたのは小学生の高学年のときでした。

すごくブルーになった時期がありますが、遊ぶのが忙しくて、そのうちにそんなことを考えていたことも忘れてしまいました。

それから十数年後に、同じようなことを考えるようになりました。

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交通事故現場で重なりあって潰れた乗用車のドアを、油圧拡張機で開き、ハンドルで圧迫されている運転者の脈拍や呼吸を確認しながら救出するとき、

生きるってなんだろう?

自然に、そんな子供のような疑問が浮かびました。

電柱にぶつかり、大きく変形した車両の中の数人の若者が息絶えているのを確認したとき、不思議な感情にとらわれました。

あの交差点を曲がるまでは、みんなにぎやかに談笑していたに違いありません。

カーステレオから大音量で流れるアップテンポなロックのリズムが、そのことをリアルに伝えてきました。

誰一人として、数分前まで自分が死ぬなんて想像もしなかったはずです。

生きるって、なんだろう?

普段、大きなへだたりがあると考えていた生と死が、わずかな歯車の動きの違いで、切れ目なくひとつながりになるのだということを、そのことは教えていました。

自分は今、ちゃんと生きているんだろうか?

そう自問すると、「いや、ぜんぜんちゃんとなんて生きていない!」と即答する自分がいました。

「ちゃんと」の意味なんてわかっていないのに、そう答えていました。

交通事故現場や自損行為現場で亡くなる人を見るたびに、何十回もくりかえしてきた疑問。

生きるってなんだろう?

年齢を重ねたおかげか、少なからず特殊な経験をしてきたおかげか、だんだんそんな疑問をくりかえさなくなりました。

そのかわりに、

残りの人生をどう生きたい?

と自問するようになっていました。

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