心が前を向くまで待てばいい

3年前、母が倒れて入院していた期間、毎日病院に通いました。

病院に向かう道中、前を見ながら運転していても、おそらく気持ちはうなだれていたのでしょう。

病院に行って、自宅に戻り、また自宅から病院へ。

病室にいても何もしてやれず、ただ手を握り、手足をさすり、耳元に話しかけるだけでした。

助かる見込みのない母の見舞いは、行きも帰りも気持ちは苦しく、ハンドルをまわしながらも、心は地を這っているようでした。

母はまるで、私をあきらめさせるために、意識のない呼吸を続けていたような気がします。



母が他界して数日後、同じ道を仕事の打合せのために走行していました。

T字路を左折しないといけないのに、いつもの見舞いの習慣で、無意識に病院のある右方向にハンドルを切っていました。

それに気づいて、路肩に車を停めました。

ずいぶんしばらくぶりにフロントガラスの外の風景が目に映ったようでした。

やっと心が顔を上げて、前を向いたような気がしました。

すると、声にならないうめき声のような息が喉からもれました。

別れることがわかっていても、実際に別れてみると、しみじみと寂しさが押し寄せてきました。



子どもの頃、私が熱を出してうなされていると、「おかあちゃんがかわってやれたらなあ」と言っていたことを思い出しました。

年をとってからの母は「すまんなあ、お前には助けてもらって」と、よく言っていました。

本当は何もしてあげられなかったのに、とあらためて思いました。



子育て講演会で、

「私が子どもだった時代と今とは、いろんなことが変わりました。

物質に恵まれていても、生きにくい世の中になっています。

しかし、いくら時代が変わっても変わらないことがあります。

それは、子どもは自分を認めて欲しい、ということです。

子どもの存在を認めて、無条件に愛してあげれば、いくら反抗期がひどくても、ちゃんと戻ってきます。

その好例が・・・私です。ひどい少年期を過ごしましたが、見事に立派な社会人として皆さんの前にこうして立っています」

そんな話をします。

そこで笑いが起こりますが、「安心した」「気持ちが楽になった」と言われるお母さんが多くいらっしゃいます。

参加された方に少しでも感謝していただけるのも、母が私にそれを実践してくれたおかげです。



見上げると、すっかり秋の空になっていました。

いくつになっても悲しいものは悲しい。

悲しいときには悲しめばいい。心が前を向くのを待って、ゆっくりと進めばいい。

母が私にそう言っているような気がしました。

(日本海新聞「潮流」2015年12月8日掲載)

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