映画監督浜野佐知さんとトーク

尾崎翠「『こほろぎ嬢』映画製作支援 チャリティコンサート&トーク」が5/11(木)に、倉吉未来中心小ホールで18:30から行われた。

kantoku

その前、15:00から「『こほろぎ穣』サポートクラブ」の発足式があり、私もその席に着くように言われ、座ったものの発言はまったくなし、であった。

会議室には、各新聞社、地元地上波テレビ局、ケーブルテレビ局が取材に来ていて、満員状態であった。

あとで聞いた話だが、NHKの鳥取県版ニュースでその光景が流れたらしい。しかも、私の顔のアップから始まったらしい。そのニュースは数度流れたらしい。

その翌日の日本海新聞には、アップで私の・・・、
頭だけが写っていた。残念。

そして、今日の朝日新聞にはちゃんと顔も写っていた、らしい。

18:30になり、翠の「神々に捧ぐる詩」の朗読がはじまり、続いて浜野佐知監督と脚本・制作の山崎邦紀氏のトーク。
司会の2006年打吹天女の森さんが奮闘する。

そして休憩後に私のミニライブ。4曲ほど歌ってしゃべる。
尾崎翠の「第七官界彷徨」ほとんど20年振りくらいに読んだ印象が、作品に漂っているムードが坂口安吾の「風博士」に似ていると思い、出番前に監督に、
「『第七官界彷徨』と坂口安吾の『風博士』は同じ昭和6年に書かれているんですが、翠と安吾には接点がなかったんでしょうか?」と尋ねたら、
「知らないわよ。安吾は脚本の山のほうが専門だから聞いてみたら。だいたいあの時代の男どもはどいつもこいつも」とばっさり切られてしまった経緯を話した。

その後に、浜野監督と私のショートトークで、最後のコーナーの建築家・生田昭夫氏へとつなぐ予定であったが、監督とのトークが盛り上がり、ついつい生田さんに登場してもらうのが遅れてしまった。
会場も盛り上がったので(たぶん)、許してもらいたいところである。

長谷川市長の撮影歓迎の言葉があり、最後は発起人の渡辺典子さんの掛け声で手締め。

終了後に、脚本家の山崎さんが、私のライブのMCについて、
「あながち安吾と無縁ではなかったと思いますよ。どっちも当時の自然主義に対抗した内面的な文学だったわけですから」
と述べられた。
「プロレタリア文学が盛んだった頃ですからねぇ」
などと半可な知識で私も話した。

15日から鳥取市、倉吉市、若桜町、岩美町での撮影が始まるとのこと。

ここだけの話だが、監督との雑談でも、私のミニライブの時でも、前作「第七官界彷徨 ~尾崎翠を探して」を私はまだ見てなかったことについては一切触れていない。
ここで密にお詫びしたい・・・。申し訳ない!

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