ずいぶん昔、単車の単独事故の救急に出ました。

革ジャンを来た若者は、単車からかなり離れた場所に横たわっていました。

すでに呼吸がなかった彼の革ジャンのジッパーを開くと、

弁当箱が入れられていました。

まだあったかいその弁当は、おそらく仕事に通う息子のためにお母さんが作ったものだったのでしょう。

そんなことを、母が入院している病院に向かいながら思い出したことがありました。

そんなときに作った歌があります。

『晩ご飯』

あの交差点を抜けて

まっすぐゆけば見えてくる僕の家

反抗期で 家族といるのがいつも苦痛だった

あの頃も母は 晩ご飯を作ってくれていた

うちに帰らず友達のうちを

泊まりあるいていた頃も

ずっと晩ご飯を作って待ってくれてたね

そんな母がやがておばあちゃんになり

やがていなくなるとは分かっていたのに

かあさんのいない初めての冬が始まりました

鳥取の冬はこんなに寒かったんだね かあさん

子育て講演会でもなかなか歌う機会がありませんが、親への懐かしい思い、あったかい思い出を思い出していただける機会になれば、もっと歌っていきたいと思っています。