早期退職したとはいえ、32年間勤めた消防生活はとても長いものでした。

その長い消防生活は、人前でしゃべる機会がとても多い仕事でもありました。

保育園、学校、公民館、企業、病院、介護施設などいろんな場所に行って、避難訓練のあとにその感想を話したり、消火器の使い方の説明をしたり、防火講話をしたりと、とにかく人前で話さなくてはなりません。

震災があったあとなどは、地震についての話を求められることが多くなります。

避難訓練だけではなく、救急講習や救命講習で話す機会もとても多くなりました。

「自分は人前で話すのは苦手なので、勘弁してください」
などと、とても言えません。

どんなに口下手であがり症な人でも、そこは避けて通れない道なのです。

防火講話中の風景

ところが、私が入った頃の上司は、とてもしゃべり下手な人が多かったのです。

男子生徒がほとんどのある高校の訓練指導で、黒い学生服が体育館いっぱいに並んで座っている前で、延々と火災件数、発生時間帯別ランキングなど数字を羅列するだけ、という上司がいました。

その間、生徒の私語のボリュームは上がり放題になり、ついには体育の先生がふざけている生徒の頭を叩いては叱っていました。

今だと体罰だと問題になるのでしょうが、その当時は特に問題になることもありませんでした。

そんな光景を見ていた新米消防士の私は、「ただでさえ生意気盛りで人の話を聞かない年頃なのに、そりゃ私語もするだろ」と、生徒たちに同情しました。

まだ、そんなのはいい方で、アガリまくって、話す対象者の年齢をいっさい考慮に入れていないという上司もいました。

保育園の子ども達が相手だと、私などは、

「みなさーん、こんにちはー!
あーびっくりしたぁ、元気がいいですねぇ。
今日はねぇ、おじさんたちは、みんなと仲良しになりたくてやって来ました。
みんな、おじさんとお友達になってくれるかなぁー?」

なんて調子でやるんですが、当時の上司は緊張のあまり、

「えー、みなさんもご存じのことと思いますが、近年の火災は放火の件数が増加の一途をたどり」

相手は4歳や5歳の子どもなのに、大人でさえ退屈になる話をくり広げました。
冗談のようですが、事実です。

保育士さんたちも、気をつかってその場で「幼児向けの話にしてください」とは言えずに、退屈して騒ぎだす園児に

「大介君、消防のおじさんの話をちゃんと聞かなきゃだめでしょ!」
なんて叱らざるを得ない状況でした。

罪作りな講話者です。

消防署社会科見学

企業に出向いた場合は、相手は社会人ですから、露骨に退屈そうにしたり、騒いだりすることはありません。

それでも、明らかに退屈している気配が濃厚である場合が多かったですね。
防火講話中に居眠りする人がいたりすることもありました。

現在は、人前で話すことを本業にしているので、こんなことを言うとほとんどの人が苦笑いをしながら、「それはないでしょう」と言われますが、

実は、私はけっこうなあがり症なのです。

新米の頃には、訓練指導に行って消火器の取り扱い方を説明するだけで、汗だくでガチガチになって話したものです。
30分とか50分とか、与えられた時間の最初から最後まで大汗をかきながらあがりっぱなしでした。

それでも、上司が話すときの会場の反応を見る回数が多くなると、これではいけないと思うようになりました。

どうせ話すなら、しっかりと聞いてもらいたい
記憶に残してもらいたい!
そう思うようになり、

どうやったらつかみで笑いが取れるのか
一般の人には馴染みのない消防用語をどう説明するのか

いろいろ考えながら試行錯誤しました。

話者であるこちらをにらみつけるような男子高校生が多いときには、つかみのジョークにも無反応です。
そんなときには、プライバシーには十分注意しながら焼死者の出た悲惨な火災の話をしたこともありました。

最初は騒いでいた生徒たちも、しだいに前のめりになって聞いてくれるようになりました。

多少なりとも心を開いてくれるので、そのあとならジョークにも笑ってくれるようになります。

kyuukyu

訓練指導、防火講話、救急講習以外にも、条例改正があって説明会を開いて話すこともありました。

ジョークなど口にしようものなら「不謹慎だぞ!」と非難されそうなムードの中で話したこともあります。
それでも「事務的に話す」ことはしないで、淡白に話さずにしっかりと伝えるようにつとめました。

職員によっては、訓練指導や説明会のあとに、苦情の電話が入ることもあるのですが、幸い私の場合は一度もありませんでした。

しだいに訓練指導の申込みで、私を指名される公民館や施設が増えてきました。
ここはさり気なく自慢したいと思いますが、特定の指導者を指名されることは、まずないことなのです。

とはいえ、基本あがり症の私は、自分に言い聞かせていた鉄則がありました。

「緊張した時こそ大きな声を出せ!」
「どんなにあがっても、伝えることはしっかり伝えろ!」

ということでした。

どんなにあがり症でも、回数をこなせば慣れていきます。
工夫して話したことが評価されれば、嬉しくなります。
私は、しだいに人前で話すことが楽しくなりました。

そんな消防士時代の経験があったからこそ、全国の人を元気にしたい、と思えるようになったのだと思います。

人とのコミュニケーションが苦手だった人が、営業職について成績がトップになったという実話も聞いたことがあります。
もともとは人前で話すことが苦手だったのに、全国ネット放送局のアナウンサーになったり、俳優になったりした人もいます。

苦手だと思っていることに、もしかしたら「楽しい」「やりがい」が隠れているかもしれません。