誰もが心の中のさびしさを感じる瞬間がある

「お元気ですか?」

と声をかけると、

「元気ですよ」

と笑顔でこたえる人だって、心の中すべてを元気いっぱいにするって難しいものかもしれません。

悲しい時期をようやくくぐり抜けた人

つらい困難を克服した人

今は、充実した日々を過ごしている人

いろんな人がいます。

それでも、さびしさや虚しさを感じる部分がどこかにあるものです。

日常生活の一抹のさびしさ

先日、今年の講演日程が全終了しました。

今年もいろんな土地で、いろんな方の前でお話をさせていただき、歌も聞いていただきました。

人権や心の健康テーマ以外に、企業で「安全管理」についても話す機会を何度かいただきました。

企業の研修会でも「心の健康」や「命」についてお話しました。

働き盛りの人ばかりが大勢集まった会場は、エネルギーが渦巻いているようなパワーを感じました。

研修会が終わって数日後に、アンケートの結果が到着します。

その中の多くは、

「ひとつひとつのエピソードが心に響きました」

「こんなに元気をもらえた研修会は初めてです」

というようなことが書かれていました。

私がかつて悲惨な現場で活動しながら考え感じていた事柄に、心を動かされたということは、元気いっぱいそうに見えた働き盛りの人達の多くが、忙しい日々の生活の中で、一抹のさびしさや虚しさを感じておられたのかもしれません。

大切なものを思い出させてくれる「さびしさ」

どんなにやり甲斐のある仕事についていても、どんなに大切な家族と共に暮らしていても、誰しもさびしさを感じる瞬間があるのかもしれません。

さびしさや虚しさが大きくなり過ぎて苦しくなるのは問題ですが、ときたま感じるさびしさ・虚しさは、日頃忘れていたことを思い出させてくれるきっかけになります。

日常の平凡に流れる時間の中で、大切なものに気づくきっかけを作ってくれることもあります。

仕事が忙しくなると、ふと旅に出たくなるのも、もしかしたらそんな小さなさびしさを味わいたくなるからなのかもしれません。

見知らぬ町で、見知らぬ人々の中に自分の身を置いて、懐かしいようなさびしさを味わうことが、大きな癒やしとなり、活力となることもあります。

日常生活で、ふと感じるさびしさや虚しさ。

それは、もしかしたら、自分の中の大切な何かを思い出させてくれるために生じた感情なのかもしれません。

気力充実していると感じているときにも、自分の心の隅に目をやることも大切なことなのだと思います。

そんな小さなさびしさや虚しさに、染みていく話と歌を、温めて行こうと思います。