傾聴の基本はみんな消防で学んだ

「傾聴」とか「コミュニケーション」「共感力」などのテーマで講演や研修会の講師を依頼されることがあります。

介護施設や自治体の職員さんなど、経験豊富な方々を前にお話をするなんて畏れ多いとは思うのですが、
消防という業種での「傾聴」の仕方
消防現場という特殊な状況で感じた「共感力」の大切さ
など、参考にしていただけるのではないかと思い、お話させていただいています。

10年前に消防を早期退職して、すぐに大阪の日本メンタルヘルス協会というところに通って、最初に学んだのがこの「傾聴」でした。
当時、学びながら思ったのが、消防士時代にすでにこの「傾聴」も「共感」も実践学習していたなあ、ということでした。

今回は、いかに傾聴や共感が重要かを、厳しい消防現場で学んだ話をしたいと思います。

「傾聴」とか「共感」というのは、仕事に限らず、家族関係でも、友人関係でもとても重要なことなので、もし参考にしていたけるところがあれば嬉しいです。

厳しい視線にさらされる「公務員」

消防は火災・救急・災害救助などの現場活動のイメージが強いので、
「傾聴だの共感だの、関係ない仕事じゃないか」と思われるかもしれませんが、実は、大いに関係があるんですね。

そもそも、そういう現場には、マイナス感情いっぱいの人がいらっしゃるわけです。

怪我や病気の人や、その家族
燃えている家の住人や
大雨で浸水した家に住んでいる人
など、
誰でもマイナス感情というか、ナーバスになっていますから、少しのことでトラブルになることも少なくないのです。

そもそも消防職員は公務員ですから、世間の風当たりは厳しいわけです。

交通事故現場や火災現場で、ヤジ馬に罵倒されることもあります。
「おーい、消防、何やってんだ、早くしてやれよ」
「この税金泥棒が!!」

なんて酔っ払いのヤジが飛んで来ることもあります。

こちらの頭にも血がどわーっと昇ることもありますが、言い返すわけにもいかないし、作業する手を止めるわけにもいきません。

救急搬送も、トラブルがよく起きます。
救急隊員の口の聞き方が悪い、とか、ちゃんと説明してくれなかったとか、いろいろ苦情を言われるケースもあります。

救急搬送は、救急車内で処置をしながら、医療機関と連絡を取るわけなんですが、ケガ人や病人の名前や生年月日を伝えないといけないんですね。
そんなときに、普通にしゃべると相手の怒りを買うケースもあります。

「あなたの生年月日と氏名を教えてください」
と聞いて、
「なにぃてめぇ、人がこんなに苦しんでるのに、生年月日や名前を名乗らないと、消防は運んでくれないのか!」
と、キレられることもあります。

そんな場合は、
「かなり痛みますよね。救急車は急いでいますが、病院まではあと10分くらいはかかります。
こんなに痛くてたいへんなときなにいろいろお聞きするのは申し訳ないので、お名前と生年月日だけでけっこうですから、教えていただけますか」

と聞くと、怒らずに教えてくれます。

話し方ひとつで相手の反応にすごい違いが出てくるよということを、まさしく肌感覚で学んでいったんですね。

現場で学んだ「共感」を言葉にすること

消防の仕事は、現場活動以外にも、建築審査とか、学校や商店や工場などに行って消防訓練指導したり、救急講習したり、消防設備の管理状態を見たりする予防査察や、危険物施設の検査など、いろいろとあります。
そういう業務でもトラブルが起きることがあります。

私は、消防士時代は、火災を消火するだけでなく、消火後に火災原因調査をやる係に長くいました。
火災の出火原因とか、損害を調査するために、関係者から質問調書を取ります。

調書の録り方などを、署の上司から学んだり、消防学校の火災原因調査課に入校して学んだりするんですが、傾聴の仕方などについては、少なくても私がいた頃には、まったく教わりませんでした。

最初のうちは火災現場で調査するたびに「聞き漏らしたらどうしよう」とか不安があるわけですね。
不安や焦りがあって、ついつい事務的に質問をくり出してしまうので、相手は不快感を覚えるんですね。

「すみません、あなたが火災気づいたのは、何時何分ごろで、どこの部屋にいて、燃えているところをどっちの方向から見ましたか?」
と矢継ぎ早に聞くと、
「おい、お前は俺を疑ってるのか!? 家が燃えて、俺は今夜寝るところもないんだぞ! 犯人扱いするとは、ふざけやがって」
と激怒される場合もあるわけです。

そんなことを何度か経験していくうちに、どうも事務的な聞き方をすると、相手を不愉快にさせてしまうんだな、と学ぶわけです。

事実関係を早く知りたいという気持ちをグッと抑えて、相手の反応を見ながら、雑談から徐々に本題に入るようにしました。

「たいへんでしたね。私たちもいろんな現場にたくさん出てますけど、火災で家が焼けるのは、ほんとうにつらいと思います。ただ、ご家族にケガがなかったのだけは、本当によかったですね。そんな現場に何度か出てるんですが、深夜の火災は特に危ないですからね」
と雑談から入ります。
そうすると、自分の気持を率直に話されるようになります。

「いやあ、ほんとにそうです。無事でよかったです。まあ命さえあれば、住むところはなんとかなります」
そんなふうに話してくれるようになります。

そこから、徐々に火災発見時のことなどを聞いていくと、こちらから多く問いかけなくても、向こうから次々といろんなことを話してくれるようになります。

これは、テクニックというより、火災で家を失ったその後がどんなに大変かとか、火災で家族を失うことの大変さを、だんだん知るようになって、話しかける言葉も上っ面じゃなくなってきたということがあると思います。

そんな現場では、相手もいろんな感情が交錯します。
不安だったり、ショックだったり、近所には迷惑をかけなかったという安堵感だったり、いろいろな複雑な感情が渦巻いているわけです。

そんなときに、いろいろと答えてもらうことの心苦しさを感じながら話しかけるので、相手もこちらの「共感」を感じてくれて、真剣にいろいろと協力してくれるのだと思います。

現場活動以外でも必要な「傾聴」と「共感」

火災や救急、救助といった消防現場以外でも、住民との接し方によってトラブルに発展するケースがあります。

ひとつ例を挙げますと、
毎年、春と秋の火災予防運動期間になりますと、「一般家庭予防査察」とか「住宅防火診断」とかで、高齢者の家庭を訪問して、台所とか仏壇とか暖房器具とか、火災原因になりやすい箇所を見せてもらって、安全対策のアドバイスをします。

そんなときでも、指導に行く職員によっては大きなトラブルになる場合がありました。
「今日、うちに来た人は、本当に消防士なのか? ひどい態度だったぞ」
と苦情が入ることがありました。

聞いてみると、いきなり上がりこんで「ここがいけない」「ここが危ない」と威圧的に指摘されて、不愉快になったということでした。

今は改善されているとは思いますが、職員もいろんな個性の人間がいて、当時は「傾聴」についての教育も受けないまま市民に対応していたので、よけいにトラブル件数が多かったと思います。

私が高齢者の方のお宅を訪問したときは、世間話から始めました。

例えば、
一人住まいでも、表札には何人もの名前が書かれていることがあります。
死別された方の名前や、県外に嫁がれたりして同居していない方の名前が、そのまま残っている場合がよくあるんですね。
そんなお宅では、
「お子さんは県外にお住まいですか?」
なんて話をします。

「そうなんですよ。でも、孫を連れてときどき様子を見に帰ってくれるんです」
と話していただくと、
「そうですか、いい息子さんですね。あー、この写真がそうですか? 可愛いお孫さんですねえ」
という感じで話していました。

そこから、いろんな話をしてくださるんですね。
私はもともと話し好きなので、熱心に耳を傾けました。
だんだん楽しそうに話し、明るくなる表情を見ていると、こちらも嬉しくなりました。

さらに、
「お体の調子はどうですか? 無理はされてないですか?」
といろいろと話を聞いていると、
「ちょっと待ってくださいよ」
と、お茶とお菓子を出してくださったり、中にはお歳暮やお中元でもらったものを持って帰れと言う人もいました。

次があるので、とおいとましようとしたら、もう少しと引き止める方もいれば、涙を拭きながら見送ってくださった方もいました。

そんなことを経験すると、心から「共感」し、話を聞いてあげることが、信用を得るためには不可欠だと感じました。

消防を退職してから、メンタルヘルスを学ぶなかで「傾聴」についても教わりましたが、そのずいぶん前から消防が「傾聴」の学校だったんだなあ、とあらためて思いました。