朝日新聞で紹介されました「微妙な温かさを伝える」

2002年3月18日の朝日新聞の人物紹介コーナーで紹介していただきました。

微妙な温かさ伝える

倉吉弁CD人気

 

こてこての倉吉弁のお笑いソングが収集された自主制作CD「こばしま」が局地的にヒットしています。倉吉駅前のレコード店では昨夏からの累計で千枚を超え、宇多田ヒカルや浜崎あゆみを上回る売れ行きだそうですね。
「こばし」は、倉吉弁でおやつのこと。
「売れ残ったら親類にでも配ろう」と軽い気持ちで昨年3月に200枚だけ作りました。
頼んで鳥取、倉吉、米子、松江の3店に置いてもらったのですが、地元ラジオで紹介されたのがきっかけで火がつきました。
ジャケットや歌詞カードなどすべて手作業。頑張って300枚以上作りましたが、途中でプリンターが壊れ、在庫はほとんどありません。
倉吉弁を採り入れた経緯は。
本来の持ち歌はフォークソング調の暗い曲が多いので、ライブで退屈させないように、曲と曲の間のつなぎに倉吉弁で笑わせたのが始まり。
3年前に中高年女性ばかりが集まるイベントに招かれ、前日にひと晩考えて作った中部のおばさんの生態を皮肉った歌を披露したところ、大受けで、以来病みつきになりました。

曲作りの発想は子どものころからの身近な体験がもと。CDに収録した「疑問 おばさん贈答編」では、おばさんが物をもらうとき、なぜか最初しつこく断るくせがあることに目をつけました。
「いけん、いーけんっ、いっ…つもうちがもらうばっかりだが、こがんことしなったらいけんけえ。うち、よお返しせんじえ(略)やれ、どがすっだらあかぁ、もらうだらあかいな、ほんに」とか。

倉吉弁は歯切れも悪いし、格好も悪いけど、微妙な温かさがある。そんな魅力を笑いとともに伝えられれば。

音楽との出会い、これまでの活動は。
中学生のころは「帰宅部」でビートルズばかり。
高校時代は70年代フォークの全盛期。ギターを手に曲作りを始めたのもそのころ。
大学は東京で過ごしましたが、東京弁になじめず、田合がいいと地元に戻って就職しました。
真剣に小説家を目指したり油絵に没頭したりした時期もありましたが、趣味で作っていたオリジナル曲が60曲以上たまったので、7、8年前 からぼつぼつ地元でライブを開くようになりました。
今後の予定を教えて下さい。
本業の消防士が1日おきの24時間勤務なので、活動はスゲジュールが合うときだけ。
6月末に2枚目のCD「いしかわくん」を出す予定ですが、ギャグソングと音通の曲が半分ずつ。
「だらず」というタイトルのバラードもあります。一般にはギャグソングのイメージが強いでしょうが、メッセージ性のある面も聴いてほしい。関西の喜劇のように「泣いて笑って」が理想です。