人権意識はまず食卓から

何気ない日常の親子の会話も、夫婦の会話も、実はとても大切で愛おしいものであることを、あらためて思い知る瞬間があります。

大人へと成長した子どもと離れて暮らすとき
共に過ごす年月を重ねたパートナーとあらためて向かい会ったとき
悲しみや苦しみを克服したとき

平凡な日々の中で、食卓を囲んで交わすたわいもない会話こそ、何ものにも代えがたい大切なものだと心から感じます。

そんな尊い時間に、他人の個性や自分たちとの違いを認められなくなるような、そんな悲しい会話をなくすために、私の話と歌が少しでも役に立てないだろうか。

そんな思いから人権講演の講師をお受けするようになりました。


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3月25日は、鳥取県日吉津村での人権講演でした。

日吉津村では、2012年に人権教育研究会で講師をさせていただきました。

その時のことを教育委員会の方々に覚えていただいたようで、6年ぶりに再度のご依頼でした。


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人を傷つけるのは「差別語」だけではない

これが私の人権講演のはじまりの言葉です。

もちろん、心無い「差別語」は多くの人の心を深く傷つけます。

しかし逆に、差別語さえ使わなければ、自分はちゃんと人権意識を持っているのだ、と思ってしまうことが、無意識に人の心を傷つけることにつながる場合があります。

言葉は一度放たれると、発した人の意図よりはるかに大きな力を持つ場合もあります。

同じ「言葉」というツールでも、人を安心させたり、人を笑顔にすることもあれば、選び方や使い方を誤れば、死まで追い詰めてしまうこともあります。

生活の中で、周囲の人へ思いやりを持つことや、相手の心の状態を知ろうと思うことが、実は人権意識にもつながっています。


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教育委員会さんからのいただいたお礼文には、参加された方々の感想も添えられていました。

「心にしみる内容でした」

「生死の現場にかかわられた説得力のある講演で、とても考えさせられました」

「親としての思い、命と向き合うこと、心に響きました」

それらの言葉を拝見して、参加された皆さんも、いろんな経験をされ、いろんな思いや考えをお持ちであることが伝わってきました。

一緒に考え、感じる講演会に一歩近づけたなら、こんなに嬉しいことはありません。

またいつかお会いするときには、新たな歌やお話をさせていただきたいと思います。