人権テーマの講演会で、いろんなところからご依頼いただいていますが、最近、増えてきたのが中・高校生に話して欲しいという依頼です。

それまでは、学校関係というとほとんどが保護者の方が対象でしたが、ある時期から「生徒に」という声が多くなってきました。

それは、神奈川県座間市のアパートで殺害された9人の遺体が発見されたというセンセーショナルなニュースが流れてからでした。

多くの若い人たちが、「死にたい」というメッセージをSNSなどに発信していることが、広く知られるようになったからのようです。

繊細な年頃の生徒たちに、なんとか命の大切さを伝えてやりたい、という保護者さんや先生方の思いを聞いて、私の体験談を話すようになりました。


「自殺に、楽な死に方も、きれいな死に方もない」

という、実際の自損行為現場で感じたことを話してきました。

生徒に、あまり大きなショックを与えないために、具体的な描写はしていません。

ただ、事実を曲げずに、そのときに私自身が衝撃を持って感じたことを、できるだけ誠実に話すようにしています。




心中をしようとした夫婦のうち、ご主人が意識を無くしている状態で、二人を搬送したことがあります。

搬送中にご主人は意識を取り戻し、二人は泣きながら喜んで抱き合っていました。

他にも、死のうとして死ねなかった人が、「死ななくてよかった」と、泣きながら話していたこともありました。




残念ながら、命を助けられなかったこともあります。

そのとき、現場で泣き叫ぶ家族の姿は、何十年たっても忘れることができません。

そんな家族の悲しむ姿についても、話しています。




逆に、大怪我を負ったり、重い病気で苦しんだりしている人が、必死に生きようとする姿についても話します。

デリケートな部分がある内容なだけに、毎回、どう伝えるかを悩みながら話しています。

たくさんの感想文

講演会が終わり、後日感想文やアンケートの結果が届けられることも多く、毎回全部に目を通しています。

毎回、たくさんの感想文の一枚一枚を読み進めていくと、60分以上の長い時間をよくぞ真剣に聞いてくれたな、と感心する詳細な感想文が圧倒的に多いのです。

中学生だとどこまで伝わるだろう、と心配していたことが取り越し苦労だったと安堵します。


講演では、聞いている人が涙を流していますが、感想文を読むときは、毎回私が泣いています。

ある中学の生徒の感想文に、「どんなにつらくても生き抜いてやります」という言葉が書かれていました。

抜粋でご紹介します。

紹介する感想文

ぼくは、自殺したい、自死したいと思ったことは何度もあります。
中学に入って、勉強がすごくえらくて(苦しくて)、親も厳しくて、死にたいと思ったことがあります。
今死んだらすごく楽だろうなと、思ったこともあります。

今日の講演を聞いて、ぼくは「死にたくない」と思いました。
どんなに苦しくても、どんなにつらくても、生き延びてやります。
それが、ぼくにできる親孝行なのかもしれません。
絶対に、懸命に、生き続けます。

こういう感想文を読むと、これからもたくさんの人に「命の大切さ」や「思いやりの大切さ」を、生の体験とともに伝えていこうと、決意を新たにします。