あなたは自分自身が「幸せな人」だと思っていますか?

中には「ずっと不幸だ」と思う人や
「幸薄い人生」だと思う人もいるかもしれません。

多くの人は、
「そんなに不幸ではないけれど、なんとなく不安がある」
そんなふうに感じているんじゃないでしょうか。

 


 

心理学者のアブラハム・マズローの有名な言葉に

過去について後悔することもできるし、
未来について心配することもできる。
しかし、我々が行動できるのは現在だけだ

というものがあります。

「なるほどそうだ」とは思うものの、それでも後悔し、心配するのが人間です。

人間が生きていくためにはある程度のストレスが必要なように、「不安」だってある程度は必要です。

「不安」があるから、人は災難に備えたり、将来に向けて計画を立てたりします。

ただ、後悔や心配や不安で心の中がいっぱいになると、幸福感は消えていき、生きている意味さえ見失いかねません。

 

私は今の講演活動をスタートするまでの32年間、消防局に勤務していました。

その間、数え切れないほど多くの現場に出動しました。

中でも強烈な印象を持ったのは、心をすり減らした末の自殺現場の光景でした。

ロープにぶら下がったままの体

黒い血液の水たまりに横たわる体

皮膚が炭化してしまった体

何日たっても網膜から消えてくれないたくさんの死の姿を見てきました。

 

 

亡くなった人それぞれに、私などがうかがい知れない大きな理由を抱えていたに違いありません。

誰でも後悔や心配や不安で心がいっぱいになれば、そんな死を選ぶ可能性がないわけではありません。

そんなふうに感じざるをえないほど、多くの自殺現場に出動しました。

しかも、それは遠いどこかの国の話ではなく、私の身近な土地で起こったことでした。

ときには、変わり果てた姿の知人や友人だったこともありました。

 

現場で、呼吸をしなくなった体にしがみついて泣き叫ぶ家族や友人の姿が、さらに私たち救急隊員の胸を激しく絞りあげてきました。

息苦しい思いをしながら、瞳孔を確認したり、呼吸・脈拍の確認をしました。
 

非番の日にも、そんな光景がよみがえり、思考はそこに向かうことがよくありました。

私自身も、仕事や人間関係で不安や悩みを抱えていた時期がありました。

自分にもしものことがあれば、あんなふうにすがりついて泣き叫んでくれる存在がいることを、あらためて考えてみました。

 

不安なときにも、ちゃんとそばにいてくれる人や、電話をかければ話を聞いてくれる人がいる。

見渡せば自分の近くにも、同じように悩み、苦しんできた人がいる。

そんなことを考えるうちに気づいたのは、日々の暮らしの中で、しっかりと「幸せ」を見つけたり感じられる習慣を身につけることが、「幸せな人」になる条件だということでした。

不安や悩みや苦しみが襲ってきても、押し流されないようにするためにも、それは必要なことだと気づきました。
 

 

誰でも先にどんなことが待ち受けているかわかりません。

だからこそ、今ある幸せを味わうことを忘れないで、今の「いいこと」や「幸せを感じられること」を大切にしたいと思っています。