ガソリン火災で思い知らされた心の病気予防の大切さ

京都アニメーションの火災の報道をテレビで見ていて、ガソリンが使われた火災の怖さを思い出していました。
頻繁に報道されるニュースをみながら、私が消防士時代の、かなり昔に出動した火災のこと思い出す頻度が増えました。

講演では「心の病気予防はすごく大切なことなんです」ということを伝えるために、私が出動したその火災のことを話してはきましたが、ブログやフェイスブックには詳細な経緯は書きませんでした。
あまりリアルにその体験を書くと、読む人が息苦しくなったり、不快になるのではないかという思いがありました。

ふだんはどんなに元気な人でも、悩みごとが重なったり、ショッキングな出来事にぶつかったりしたとき、誰にも相談せずに一人で抱えていると、心の病気になりますよ。
病気を予防することは、こんなに大切なことなんです。

そのことを伝えるために、その火災のことをなるべく具体的な描写は避けて書きたいと思います。

過去のガソリンを使った放火殺人事件

地下タンクの防水検査
危険物の担当をしていた時期もありました。

私は消防士時代に、ガソリンが着火物だった火災に何度か出動しました。
消火活動もしましたし、火災原因調査もやりました。

ちなみに、火災原因には「発火源」「経過」「着火物」の区分があり、ガソリンをまいて火をつける場合は、ガソリンが「着火物」になります。
放火の場合は、「発火源」がライターとかマッチなど火をつけるもの、「経過」が放火「着火物」がガソリン、というパターンが一番多いと思います。

石油ストーブの燃料の灯油のつもりで、間違えて農業機械の燃料用の混合油を入れたり、備蓄しているガソリンを入れたりしたことで火災になったケースがけっこうありました。
ガソリンを使った放火にも出動したことがあります。

消防士時代、ガソリンを使ったショッキングな放火殺人事件がいくつかあって、消防法の危険物関係法令が改正になりました。
事件の記憶も薄らいで、概要が思い出せない事件もあるので、ざっくりと調べてみました。

2000年6月、栃木県宇都宮の宝石店放火殺人事件
宝石強盗目的で店長に粘着テープで店員を縛らせ、ガソリンをかけ、火をつけて逃走。
6人が焼死。
2001年5月、消費者金融「武富士」放火事件
強盗目的で、ガソリンをまき放火。
一瞬で燃え広がり、社員5人が焼死。
2003年9月、名古屋立てこもり放火事件
運送会社「軽急便」の営業事務所センターで、ポリ容器に入れたガソリンをまき、社員を人質にたてこもる。
犯人はライターで火をつけ、自爆。店長が死亡、機動隊員が一酸化炭素中毒で死亡。その他、けが人多数。

法改正があり、ポリ容器には10リットル以上のガソリンを入れることはできなくなったのは、この名古屋立てこもり事件のあとだったように記憶しています。
10リットル以下のガソリンは、ポリ容器ならなんでもいいのではなく、ガソリン用としての性能試験をクリアしたものでなければなりません。

この事件の犯人にガソリンを販売したガソリンスタンド従業員が有罪判決を受けたと記憶しています。

京都アニメーション放火事件がきっかけで、2020年2月1日から、ガソリンスタンドでガソリンの容器詰替販売は、客の身元や使用用途を確認し、記録を保存しなければならなくなりました。

ニュースを見ると死んだ友人の記憶がよみがえる

放水したあとのホースと管鎗

理不尽で残虐極まりない放火殺人事件の報道に触れるたびに、いろんな火災の記憶がよみがえりましました。
おそらく全国の現役消防官、元消防士の多くが、自分が消火活動したり火災原因調査した現場のことを思い出していたんではないかと思います。

私自身も、建物火災で、内部進入して放水した水がお湯になって落ちてきたことや
火災現場独特の臭いや
火災原因調査時の、焼落物が散乱した火災現場の光景や
一連の過去の映像がよみがえると、どうしてもあの日のあの光景を思い出してしまいます。

その忘れられない火災からもう30年近くたってしまいましたが、119番の通報内容もよく覚えています。

出動途上の消防車から、黒煙がのぼっているのがよく見えました。

出火家屋は、2階建ての木造住宅で、先発の消防隊2隊が消火にあたりました。
一隊は正面玄関側にまわり、私は裏側の燃えている2階の窓にハシゴをかけ、ハシゴの横さんに足をかけた状態で、ガラスを壊して放水しました。

燃えている畳面をめがけ、筒先を左右に振りながら放水を続けました。
なんとか火勢が衰えてきたな、と思うと放水していない方の畳から大きな炎が上がり、またそちらに向けて放水する、ということをくり返していました。

「こんなに消えないのはおかしい。間違いなく油まいてるな」
と思いました。

だいぶん火勢が落ちてきた頃に、正面玄関から内部進入してきた隊が階段を上がってきました。
廊下から部屋に入ってこようとしたので、

「待てー、入るな!」
と叫びました。
2名の隊員は空気呼吸器の面体をかぶっていたので、その声が聞こえなかったようで、進入しかけた瞬間に一気に大きな炎が上がりました。

その間に、地元の消防団も到着し、窓にはしごをかけて上がって来ました。

ようやく消火し、私は現場に残り、火災原因調査に入りました。
煙もなくなり、部屋の内部が見えるようになってから出火室をカメラにおさめていると、そこに人型の黒い物が横たわっているのが見えました。
火災調査で何度も焼死体を見ていたので、さして動揺することもありませんでした。

いつでも放水できる体勢で待機していた消防団の人に、
「誰か倒れているんだけど、この家の誰ですか?」
とたずねると、
「○○だ」
と名前を教えてくれました。

自分の耳を疑いました。
その場に倒れていた人は、私の友人でした。

当時の私の年齢も、彼の年齢もはっきりとは覚えていませんが、私よりけっこう年下の明るく楽しいイケメンでした。
そんなに頻繁に会うような仲ではなかったんですが、明るいスポーツマンの彼には好感を持っていました。

何度か一緒に飲んだことがありました。
歌もうまく、カラオケでいろんな歌手のモノマネをしながら歌ってました。

「石川さん、俺、彼女いないんですわ。紹介してくださいよ」
と言われ、紹介したこともありました。

最後に会ったのは、お互い仕事中の車に乗っていたときで、道路でしばらく立ち話をしました。
いつもと変わらない人なつっこい笑顔でした。
目の前に横たわっている焼死体が彼だとは、どうしても実感を伴って感じることができませんでした。

心の病気予防の重要性

全焼した建物火災

調査をしながらも、事態が飲み込めませんでした。

現場の図面を書いたり、関係者の質問調書を録取しているうちに、ずっと頭の中で否定してきたことが火災原因であると明確になってきました。
燃焼の速さも、現場の臭いも、関係者の話からも、すべての状況から、ガソリンを撒いての焼身自殺であることは間違いなくなりました。

調査が終わり、非番になって家に帰ると、逆に現場にいるときよりはるかに彼の不在をリアルに感じました。
あんなに元気にふるまっていた彼が、自分の心の中の苦しみを、誰にも相談せずに一人で抱え込んでいたのか
そう思うと、なんとも言えない切ない思いがこみ上げてきました。
あの変わり果てた姿の映像は消え、笑いながら話しかける彼の姿しか思い出せませんでした。

人は、どんなに元気でポジティブ思考の人間でも、大きな悩み事があったり、ショッキングな出来事にぶつかると、心の元気を失うということを思い知らされました。

どんなに元気そうに見えても、どんなに明るくしゃべっているように見えても、誰もが心に闇を持つ時期があります。
大切な人をなくなったり、大切な人とうまくいかなくなったり、仕事での人間関係に思いわずらったりすることがあります。

心が苦しくて苦しくて悲鳴を上げそうになったら、そばにいる誰かに、相談することって大事なんだ。
ただ話を聞いてもらうだけでいいから、誰かに連絡することを忘れてはいけないんだ。

そんなことを、彼の死が教えてくれたような気がします。

大切な人を失いたくないから声をかける

葬式で焼香

葬式の日、会葬者の列は敷地に収まらず、道路まで続いていました。
誰からも愛される性格の彼ならではの人数と年齢層の幅広さでした。

みんな悔し泣きしていました。
中には大声を上げて泣いている人もいました。
私もまぶたが腫れるほど涙を流しました。

質問調書を取るために、たくさんの関係者の話を聞きましたが、彼が心にどんな闇を抱えていたのかは、具体的に知ることはできませんでした。

あれから30年近くの月日がたち、彼の同級生や付き合いのあった人たちも、それぞれの人生を生きています。
おそらくは、いろんな形で、いろんな大きさで、今でも彼ら彼女らの心には、彼の存在は影となって存在しているんだと思います。

命の重さについて話す人権講演会のとき、火災現場、救急現場で大ケガを負っても一生懸命生きようとする人間の命の力について、小学生や中学生、高校生たちに伝えています。

苦しくて自分の命を絶とうとする人がいます。
その人のせいじゃなく、病気でそうしてしまう人もいます。
でも、皆さんに覚えておいて欲しいのは、家族や友達がどんなに悲しむかということです。
友達がなんだか元気がない
いつもと違って上の空だ
そんなときには、声をかけてあげてください。
どうしたの? なんかしんどそうだけど
何か話そうよ
明日も会おうね
家族や友達に、「ひとりじゃないよ」と伝えてあげてください。

今でもときどき彼のことを思い出します。
そのたびに、大切な人に声をかけ続けなきゃ、と思います。
そのたびに、彼の人なつっこい満面の笑顔を思い出します。
いつまでも20代のままの彼の顔を。

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