梨の生産農家で育ったから生まれた「梨のうた」

2010年、JA鳥取中央さんの刊行されている「JAドリームちゅうおう2010年夏号」に「梨のうた」に込めた思いを記事にしていただきました。

私は、梨農家で育ち、親から聞いた話では、まだハイハイするような頃から梨畑に連れていかれ、祖父母・父母が働いている間、腰を縄でゆわえられた状態で、リードのように延ばした縄の届くエリアをペットのように遊んでいたそうです。

梨栽培はとても大変で、人工受粉、袋掛け、剪定に間引き、真夏には水やり、虫が付きやすいので消毒も何度もやります。
それに、二十世紀梨の甘さの大きな要因でもある、日当たりがよい山の傾斜地に栽培されているため、消毒のための水の確保も梨の運搬も楽なものではありませんでした。
だんだん年老いていく両親にとって作業は楽なものではありませんでした。
私が消防士になってからも、農繁期には、非番日であれば手伝いに通いました。

「梨」と言えば、私にとってはそれは「ふるさと」です。
幼いころにはまだ若かった祖父母や両親の思い出が残る、ある意味「家族」そのものでした。

その後、年老いた両親の手には負えなくなり、すべての木を伐採してしまいました。
そのことを母から聞いて、遊びたい盛りの子どもの頃には「なくなればいいのに」とさえ思った梨畑でしたが、梨の木が消えた畑のことを考えると、さみしさで胸がいっぱいになりました。

大学生時代も、長い夏休みに帰省するたびに梨の運搬作業を手伝っていました。
梨のおかげで、自分も大学に行かせてもらえるのだ、と思いながら作業をしていました。
人工受粉作業や袋掛けで、親戚や近所の人が集まり、にぎやかに話しながら食べた昼食の雰囲気など、忘れられません。
そんな梨の枝も葉も見られない果樹園を見ることがつらくて、結局一度も行っていません。

梨の生産農家は減少していますが、いつまでも鳥取県の名産として全国で愛され続けてほしいと願ってやみません。

梨の産地から生まれた「梨のうた」

鳥取県湯梨浜町は、全国でも有数の梨産地。
その梨の産地から生まれた歌「梨のうた」が今、注目されています。
歌っているのは、湯梨浜町出身の石川達之さん(55)と三朝町出身の竹内克文さん(40)の2人。

2009年に地元鳥取県で活動する石川さんと東京で活動している竹内さんが、ふるさと鳥取にこだわった歌を一緒に作ろうと約束をし石川さんの歌詞に竹内さんが曲を付けCD化しました。

歌のテーマは「ふるさとと都会をつなぐやさしい思い」都会で暮らす者のふるさとを思う心と鳥取県名産の二十世紀梨を題材に歌った応援歌です。

幼い頃から梨の花を見て育ち、梨を食べてきた2人にとって鳥取の梨は自然と体全体にしみ込んでいる。
その「梨」への思いは特別でこの歌にかける思いも特別です。

作詞を手掛けた石川さんは「家が梨農家だった。梨の交配、袋掛け作業を手伝って育った。
東京に出ていた4年間、ふるさとの梨を見るたび励まされた思い出がある。
この歌がふるさとと都会をつなぐ架け橋となれば嬉しい」
と話します。

この歌がいつか生産者の心に響き、梨を作り続ける人達、ふるさとを離れ都会で頑張っている人達の応援歌として、いつまでも心から愛されるメロディであるよう願います。