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定年退職後を楽しみにしていた先輩の死―私が消防士を辞める決心をした理由

「いつ消防士を辞めようと思いましたか?」

あるラジオ番組でそう尋ねられ、指を折って年数を数えてみました。

辞めようと決心してから、実際に消防局を退職するまで、4年が過ぎていました。

振り返ってみると、辞めたい理由よりも、辞められない理由の方が多かったように思います。

消防以外に取り組みたいことがあった

その頃の私は、家族の病気に悩みながら、消防の仕事のかたわらライブ活動を続けていました。

NPO活動に関わり、自主イベントの企画や開催もしていました。

やりたいことはいくつもありましたが、当番勤務のある消防の仕事を続けながらでは、時間を思うように使えません。

できることなら、歌や講演、人と関わる活動に、もっと時間を使いたい。

そんな思いが少しずつ強くなっていました。

しかし、消防を辞めることは、なかなか現実的な選択にはなりませんでした。

辞められない理由もあった

仕事が嫌だったわけではありません。

私が消防に入った頃と比べると、職場環境は大きく改善されていました。職場の人間関係も良好でした。

安定した公務員の仕事を辞め、歌や講演という、当時の自分にも先の見えない活動を仕事にしようとすることには、当然、経済的な不安がありました。

もう一つ、心に引っかかっていたことがあります。

消防という仕事に誇りを持ち、人生を捧げるような思いで真摯に向き合っている同僚たちがいました。

自分だけが消防を離れ、ほかの道へ進むことは、そんな同僚たちに対して失礼なことではないか。

そんな思いもありました。

辞めて自由に活動したいという気持ちはありましたが、それを実行に移すところまでは考えられませんでした。

退職後を語っていた先輩

そんな頃、同じ消防署に勤務していた先輩が病気になりました。

先輩は定年退職を間近に控え、退職後の自由な生活について語っていました。

毎年、人間ドックを欠かさず受けていた先輩でしたが、大きな病気に冒されていました。

しばらくは仕事を続けながら通院していました。

しかし、次第に痩せ、元気がなくなっていきました。

消防士として、私は仕事中に多くの人の死を目の前で見てきました。

そのたびに胸がふさがれる思いになり、自分は何のために生きるのかと考えました。

けれども、消防署へ戻れば、また次の出動があります。

慌ただしい日常の中で、現場で抱いた思いも、次第に薄れていくのが常でした。

ところが、今度は、同じ署で勤務し、文字通り寝食を共にしてきた先輩でした。

先輩は、退職辞令が交付される日にも病床にあり、式に出席して辞令を受け取ることができませんでした。

そして、その数か月後に亡くなりました。

明日死ぬとしたら、何を後悔するだろう

先輩の死をきっかけに、私はもう一度、自分の生き方を考えました。

人からどう見られるか。

安定した公務員の仕事を辞めて、生活していけるのか。

歌や講演を仕事にしようとすることを、ばかげた選択だと思われないか。

そうした不安を一つずつ取り払って、自分に問いかけました。

もし、自分が明日死ぬとしたら、「やり残した」と後悔することはないだろうか。

この問いを、それまでとは比べものにならないほど現実のものとして考えるようになりました。

いつか自由に活動したい。

いつか歌や言葉を通して、人の心に届く仕事をしたい。

そう思いながら、いつまで「いつか」を待つのか。

先輩の死は、そのことを私に問いかけているようでした。

「石川君、今のままでええか?」

先輩から、実際にそう言われたわけではありません。

それでも、迷いが生じそうになると、心の中で先輩から、

「石川君、今のままでええか?」

と問いかけられているような気がしました。

消防士を辞める決心をしてから、実際に退職するまでには4年かかりました。

その間、生活のことや家族のこと、退職後の活動について考えました。

すぐに仕事を辞めたわけではありません。

しかし、一度決心してから、その思いが揺らぐことはありませんでした。

それは、先輩が自分の人生を通して、時間には限りがあることを教えてくれたからだと思っています。

先輩が残してくれた問い

誰もが今の仕事を辞める必要があるわけではありません。

私の場合も、消防士を辞めることだけが答えだったとは言い切れません。

ただ、自分の時間には限りがあります。

いつかやりたいと思っていることを、いつまで「いつか」のままにしておくのか。

今の生き方のままで、本当に後悔しないのか。

その問いを、先輩は私の心に残してくれました。

消防局を退職してからも、春になると先輩のことを思い出します。

そして今も、心の中であの問いが聞こえることがあります。

「石川君、今のままでええか?」

先輩の死がなければ、私は決心できないまま、いつか時間ができる日を待ち続けていたかもしれません。

自分の生き方を真剣に考えるきっかけを残してくれた先輩に、今も感謝しています。

(新聞の月一コラムに掲載されたエッセイをもとに、加筆・再構成しました)

消防士を辞める決心から実行までに考えたことや、退職後に始めた活動については、次の記事に書いています。

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