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「まだ春だから大丈夫」が一番危ない|現場で命を守る熱中症対策

「今日は暑いですね」

春先に、そんな挨拶を交わす日が増えてきました。

真夏なら、誰もが熱中症を警戒します。

ところが春は、

「まだ4月だから大丈夫だろう」

「夏ほど暑くないから、少しくらい無理をしても平気だろう」

と考えがちです。

しかし、暑さに体が慣れていない時期に気温が急に上がると、熱中症になる危険があります。

建設現場や工場では、ヘルメット、長袖の作業着、防護服やマスクなどを着用することもあり、体に熱がこもりやすくなります。

私は32年間の消防生活で、救急隊員として多くの熱中症患者を搬送しました。

この記事では、その経験をもとに、春の熱中症で気をつけたいこと、現場で必要な備え、熱中症が疑われる人への対応についてお伝えします。

「まだ大丈夫」という言葉を何度も聞いた

救急隊員が救急車内で処置をしている画像。

熱中症で救急搬送した方のなかには、最初のうちは会話ができていたのに、病院へ到着するまでに意識状態が悪化した方もいました。

救急要請に至るまでのことを尋ねると、

「救急車を呼ぶほどではないと思っていた」

「少し休めば治ると思っていた」

「周りから休むように言われたけれど、大丈夫だと答えた」

という話を聞くことがありました。

体調が悪くても、本人は仕事を止めたくないと思います。

仲間に迷惑をかけたくない、もう少しで作業が終わる、救急車を呼ぶのは大げさだ――。

その気持ちは分かります。

しかし、熱中症は我慢によって治るものではありません。

「まだ大丈夫」という本人の言葉だけで判断せず、普段と違う様子があれば、作業を止めて状態を確認することが大切です。

危ないのは「まだ平気」という油断

春の建築作業現場

春は真夏ほど気温が高くなくても、急に暑くなる日があります。

体が暑さに慣れることを「暑熱順化」といいます。暑さに慣れていない時期は、体温調節がうまくいかず、熱中症に注意が必要です。

特に気をつけたいのは、次のような日や作業です。

  • 前日より急に気温が上がった日
  • 連休明けなど、暑さに慣れる機会が少なかったとき
  • 湿度が高く、風が弱い日
  • 直射日光や地面からの照り返しを受ける作業
  • 機械や炉などから熱が出る屋内作業
  • 通気性の悪い作業着や保護具を着用する作業
  • 睡眠不足、二日酔い、体調不良があるとき

「春だから安全」「曇っているから安全」と、季節や空模様だけで判断することはできません。

職場の熱中症は、個人の我慢だけでは防げない

厚生労働省によると、2025年に職場で発生した熱中症による死傷者は1,803人で、2005年に統計を取り始めて以降、最多となりました。製造業と建設業で多く発生しています。

熱中症対策を、

「本人が水を飲めばよい」

「暑くなったら自分で休めばよい」

という個人任せにしてはいけません。

職場として、暑さを測り、休憩を確保し、異変を報告できる体制をつくる必要があります。

職場における熱中症の発生状況と対策|厚生労働省

気温ではなくWBGTも確認する

現場では、気温だけでなく、WBGT(暑さ指数)を確認することが重要です。

WBGTは、気温だけでなく、湿度、日射や地面からの照り返しなどを考慮した指標です。

気温がそれほど高くなくても、湿度が高く、風が弱い環境では、汗が蒸発しにくくなり、体に熱がこもります。

環境省の「熱中症予防情報サイト」では、地域ごとのWBGT予測値や実況値を確認できます。

環境省「熱中症予防情報サイト」

ただし、地域の予測値と、実際の作業場所の環境が同じとは限りません。

屋根の上、足場、舗装された場所、機械の排熱がある工場などでは、現場用のWBGT計を使って作業場所の数値を測ることが大切です。

測定して終わりではなく、数値に応じて作業時間、休憩、作業内容、人員配置を変更できるルールも必要です。

曇りの日に救急搬送が相次いだマラソン大会

ランニング大会のコースの救護テントの画像。

消防士時代、地元の大きなマラソン大会で救護にあたったことがあります。

その日は曇り空で、気温もそれほど高くありませんでした。

私たちは、

「今日は救急搬送も少ないだろう」

と考えていました。

ところが、次々に体調を崩すランナーが現れ、救急車で病院へ何度も搬送する状況になりました。

救護テントには多くのランナーが横になり、待機していた医師や看護師が対応していました。

その日は湿度が高く、汗が蒸発しにくい状況でした。

この経験から、日差しの強さや気温だけを見て、熱中症の危険を判断してはいけないことを学びました。

曇りの日、雨上がり、風の弱い日にも注意が必要です。

水分と塩分は、作業環境に応じて補給する

熱中症予防では、喉が渇く前から計画的に水分を取ることが基本です。

汗を多くかく作業では、水分とともに塩分も失われます。その場合は、水分だけでなく、塩分や電解質の補給も必要になります。

ただし、すべての人が常にスポーツドリンクや経口補水液を飲まなければならない、という意味ではありません。

発汗量、作業時間、食事内容、持病などによって必要な補給は異なります。

高血圧、心臓病、腎臓病などで水分や塩分の制限を受けている方は、医師の指示を優先してください。

職場では、次のような対策を組み合わせます。

  • 飲料をすぐ取れる場所に準備する
  • 休憩時間をあらかじめ決める
  • 大量に汗をかく作業では、適切に塩分や電解質も補う
  • 朝食を抜かず、食事からも水分と塩分を取る
  • 飲水や休憩を本人の判断だけに任せない
  • 一人で作業する人にも定期的に連絡する

「忙しかったので飲めなかった」とならないよう、飲める時間と環境を会社側が確保することが重要です。

熱中症の初期症状を見逃さない

熱中症では、次のような症状が現れることがあります。

  • めまい、立ちくらみ
  • 大量の発汗
  • 筋肉痛、こむら返り
  • 頭痛、吐き気、嘔吐
  • 強いだるさ
  • 集中力や判断力の低下
  • 普段と違う言動
  • ふらつき
  • 意識障害、けいれん

作業の間違いが増える、受け答えがいつもと違う、足元がおぼつかないといった変化が見られることもあります。

本人が「大丈夫」と答えても、普段と様子が違えば作業を続けさせず、涼しい場所へ移動させて状態を確認してください。

「何かおかしい」と感じた人が、遠慮なく報告できる職場にしておくことが必要です。

2025年から職場に求められている熱中症対策

2025年6月1日から、改正された労働安全衛生規則が施行されています。

対象となる暑熱環境で作業を行う場合、事業者には主に次の対策が求められます。

  1. 熱中症の自覚症状がある人や、異変に気づいた人が報告できる体制を定め、作業者へ周知する
  2. 作業からの離脱、身体の冷却、医療機関の受診、緊急連絡先や搬送先など、重症化を防ぐ手順を定めて周知する

対象の目安は、WBGT28度以上または気温31度以上の場所で、連続して1時間以上、または1日4時間を超えて行うことが見込まれる作業です。

職場における熱中症対策の強化|厚生労働省・富山労働局

大切なのは、連絡先を書いた紙を掲示するだけではありません。

  • 誰に報告するのか
  • 作業を止める判断を誰がするのか
  • どこで体を冷やすのか
  • 誰が付き添うのか
  • どの医療機関へ搬送するのか
  • 救急車を呼ぶとき、誰が誘導するのか

を、実際に動ける形で決めておく必要があります。

熱中症が疑われるときの応急処置

熱中症が疑われる人がいたら、まず作業を中止します。

1. 意識を確認する

呼びかけへの反応がおかしい、普段と違う言動がある、意識がはっきりしない場合は、直ちに119番通報してください。

2. 涼しい場所へ移動する

冷房の効いた室内や、風通しのよい日陰などへ移します。

3. 衣服をゆるめ、体を冷やす

衣服や保護具をゆるめ、可能な範囲で体から熱を逃がします。首の周り、脇の下、脚の付け根などを冷やす方法があります。

4. 自力で飲める場合に水分・電解質を補う

意識がはっきりしていて、自分で安全に飲める場合に限り、水分や電解質を補給します。

意識がはっきりしない人へ、無理に飲ませてはいけません。

5. 一人にせず、状態を見守る

一時的に症状が軽くなったように見えても、再び悪化する可能性があります。

自力で水分を取れない、受け答えがおかしい、症状が改善しない場合は、直ちに救急隊を要請してください。

応急処置の基本的な流れは、厚生労働省の「職場における熱中症予防情報」でも確認できます。

熱中症が疑われる人への対応|厚生労働省

前日の体調も現場の安全に関わる

熱中症の危険は、当日の気温だけで決まりません。

睡眠不足、疲労、二日酔い、朝食を取っていないこと、発熱や下痢などの体調不良があれば、暑さの影響を受けやすくなります。

持病や服薬の影響を受ける場合もあります。

朝礼や作業前の確認では、

「体調はどうですか」

と聞くだけでなく、体調不良を申し出た人が休める体制を用意しておくことが大切です。

申告すれば責められる、周囲に迷惑をかけると思われる職場では、本当の体調を言いにくくなります。

体調が悪い人を休ませることは、甘やかすことではありません。

本人の命と、現場全体の安全を守るための判断です。

「大丈夫か」と聞くだけで終わらせない

同僚の体調を心配する作業員の画像

現場での声かけは大切です。

しかし、

「大丈夫か」

と聞けば、多くの人は反射的に、

「大丈夫です」

と答えてしまいます。

そこで終わらせず、

「いつもより返事が遅い」

「足元がふらついている」

「作業手順を間違えている」

など、実際の様子を見て判断する必要があります。

そして異変を感じたら、本人の遠慮よりも安全を優先して作業を止めます。

一人ひとりの注意だけに任せず、誰かが気づき、報告し、作業を止め、冷却や受診につなげられる仕組みをつくる。

それが、現在の職場に求められている熱中症対策です。

「まだ大丈夫」と思ったときこそ一度休む

熱中症になりそうな作業員に 数分補給をしてやっている同僚の画像

熱中症対策で最も大切なのは、重症になる前に気づくことです。

春だから大丈夫。

曇っているから大丈夫。

水を飲んだから大丈夫。

本人が大丈夫と言っているから大丈夫。

そのような思い込みが、対応を遅らせることがあります。

「まだ大丈夫」と思ったときこそ、一度休む。

いつもと違うと感じたら、作業を止めて確認する。

そして、自力で水分を取れない、受け答えがおかしいときは、ためらわず119番通報する。

今日も働く皆さんが無事に仕事を終え、元気に家へ帰ること。

それが、何より大切な安全の目標です。

安全大会・労働衛生大会の講演について

私は、32年間の消防・救急現場で経験した労働災害や熱中症搬送をもとに、安全大会や労働衛生大会で講演しています。

熱中症、睡眠不足、心身の健康、職場の声かけ、事故を防ぐチームワークなどを、実際の現場体験とオリジナルソングの弾き語りを交えてお伝えします。

主催者や業種、開催時期に合わせて講演内容を構成します。

安全大会や労働衛生大会を企画されている方は、講演案内をご覧ください。

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