救急車のストレッチャーに横たわる我が子を、心配そうに見守る両親。
苦しそうに眉間にしわを寄せ、目を閉じた母親の手を握りながら励ます子ども。
荒い呼吸を繰り返す息子に、大きな声で呼びかける父親。
そして、意識を取り戻した我が子を、泣きながら抱きしめる母親。
消防現場では、命の重さとともに、人が持つ優しさや思いやりの強さを何度も目にしました。
2020年10月12日、兵庫県美方郡新温泉町にある浜坂東小学校のPTA人権講演会で、
「消防現場で学んだ優しさの意味~人を生かす言葉の力~」
というテーマでお話ししました。
子育てに正解が見えず、不安になるとき
親であれば、どんなに一生懸命に子どもと関わっていても、悩むことがあります。
愛情を持って育てていても、
「本当にこれでいいのだろうか?」
と、不安になることがあります。
一生懸命だからこそ悩み、強い愛情があるからこそ不安になるのだと思います。
自分が子どもにしたことが正しかったのか、その場ですぐに答えが分かるわけではありません。
ひと月後、一年後、あるいは子どもが大人になったときに、ようやく気づくこともあるでしょう。
それでも、今この瞬間にできることがあります。
子どもを大切に思っている気持ちを、言葉にして伝えることです。
消防現場で見た「優しさ」の強さ

この講演で「優しさの意味」という言葉を演題に使ったのは、初めてでした。
それまでは、「命の重さ」や「生きることの輝き」という言葉を使うことが多くありました。
しかし、消防現場で私が学んだことの一つに、思いやりと優しさが持つ力の強さがあります。
「思いやり」も「優しさ」も、ありきたりで、言い古された言葉に聞こえるかもしれません。
けれども、救急現場で目にした家族の姿は、決してありきたりなものではありませんでした。
我が子を心配する親。
親の手を握る子ども。
苦しむ家族へ、必死に声をかけ続ける人。
強い愛情から生まれる、切ないほどの思いやりが、その場に満ちていました。
私たちは、誰かの優しさや思いやりに支えられながら、ここまで生きてきたのではないでしょうか。
家族の病気から学んだ、人を支える言葉
私は家族の病気を通して、人を支えるために大切なことを学びました。
一つ目は、相手の苦しさを理解し、共感することです。
「苦しかったね」
「つらかったね」
すぐに答えを出そうとするのではなく、まず、その人が感じている苦しさを受け止める。
その言葉によって、「自分のつらさを分かってくれる人がいる」と感じられることがあります。
二つ目は、その人に居場所があることを伝えることです。
「ずっとそばにいるよ」
「いつも味方だよ」
一人ではないこと。
自分を気にかけ、味方でいてくれる人がいること。
それを心の中で思っているだけでなく、言葉にして伝えることが大切です。
三つ目は、その人の存在価値を認めることです。
「あなたが大切なんだ」
何かができるから大切なのではありません。
何かに成功したから、言うことを聞いたから大切なのでもありません。
その人がそこにいてくれること自体が大切なのだと、言葉にして伝えます。
人は、大人でも子どもでも、誰からも認めてもらえないと感じる状態が続けば、生きることがつらくなることがあります。
苦しさを分かろうとしてくれる人がいること。
自分には居場所があること。
自分の存在を大切に思ってくれる人がいること。
それを伝える言葉には、人を支える力があります。
子育てにも当てはまる三つのこと
家族の病気から学んだことは、子育てにもそのまま当てはまると思います。
子どもが苦しんでいるとき、親としては、すぐに解決してあげたくなります。
励ましたり、正しい答えを教えたりしたくなることもあるでしょう。
けれども、その前に、
「苦しかったね」
「つらかったね」
と、子どもの気持ちを受け止める。
そして、
「ずっとそばにいるよ」
「いつも味方だよ」
と、安心して戻れる居場所があることを伝える。
さらに、
「あなたが大切なんだ」
と、子どもの存在そのものを認める。
子育ての正解がすぐに見つからなくても、この三つは今から伝えることができます。
親の思いは、心の中にあるだけでは子どもへ十分に届かないことがあります。
照れくさくても、言葉にして伝えることが大切なのだと思います。
親が使う言葉を、子どもは聞いている
講演を行った2020年当時は、感染症に対する恐怖と不安が社会全体に広がっていました。
人と触れ合うことで苦しさを乗り越えたり、一緒に笑って気持ちを軽くしたりすることも難しい時期でした。
感染した人や医療従事者、その家族に対する非難や中傷も報道されていました。
学校では、医療従事者の子どもが心ない言葉を向けられるという報道もありました。
子どもが口にする言葉は、テレビやインターネットだけから覚えるものではありません。
家庭で大人が話している言葉も、子どもは聞いています。
大人が誰かを決めつけたり、強い言葉で非難したりすれば、その言葉が子どもの中に残ることがあります。
反対に、大人が相手の事情を想像し、思いやりのある言葉を使えば、その姿も子どもへ伝わっていくのだと思います。
家庭でどのような言葉を使うのか。
それも、子どもへ人権を伝える一つの方法ではないでしょうか。
人を傷つける言葉と、人を生かす言葉
思いやりを欠いた一言が、鋭い刃物のように人の心を傷つけることがあります。
私は消防士として、傷つけられた人が、最もつらく悲しい選択をした現場にも出動してきました。
後になって、あの言葉が相手を深く傷つけていたと気づいても、取り返せないことがあります。
だからこそ、言葉を口にする前に、
「この言葉を受け取った相手は、どんな気持ちになるだろう」
と、少し立ち止まることが大切です。
言葉には、人を傷つける力があります。
その一方で、人を支え、生きる力を届けることもできます。
「苦しかったね」
「いつも味方だよ」
「あなたが大切なんだ」
特別に難しい言葉ではありません。
けれども、苦しんでいる人にとっては、自分を理解し、居場所を示し、存在を認めてくれる大切な言葉になることがあります。
それが、私が講演でお伝えしている「人を生かす言葉の力」です。
優しさと思いやりを、家庭から伝える
誰の心にも、優しさや思いやりがあるはずです。
けれども、不安や疲れが重なると、自分にも周囲にも余裕がなくなります。
そんなときこそ、子どもたちの存在によって心が和らいだことや、家族の言葉に支えられたことを思い出してみる。
そして、身近な人へ向ける言葉を、少しだけ見直してみる。
大きなことをしなくても、家庭の中で交わす一つの言葉から、思いやりを伝えることはできます。
親である私たち、大人である私たちが、まず優しさと思いやりについて考える。
その姿を、子どもたちは見ているのではないでしょうか。
涙と笑顔が見えたPTA人権講演会
当日は、感染防止のため、広い体育館で約30名の保護者と先生方に十分な距離を取って聞いていただきました。
講演中、涙を拭いている方の姿がありました。
そして、笑顔を浮かべて聞いてくださる方もいました。
今回の講演は、教頭先生が2016年に別の小学校へ赴任されていたときに私の講演を聞き、そのことを覚えていてくださったご縁から実現しました。
再び声をかけていただけたことを、本当にありがたく思います。
保護者会役員の皆さん、保護者の皆さん、先生方、ありがとうございました。
PTA・保護者向けの講演をお考えの方へ
小学校や中学校のPTA・保護者向け講演会で、消防現場で命と向き合った経験や、家族、子育ての経験を交えながら、命の大切さ、親子の関わり、優しさと思いやり、言葉の力についてお話ししています。
講演の内容は、対象となる方や主催者の目的に合わせてご相談いただけます。
詳しくは、人権講演会の内容と子育て講演会の内容をご覧ください。
講演についてのご相談は、お問い合わせページから承ります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 講演会名 | 新温泉町立浜坂東小学校PTA人権講演会 |
| 日時 | 2020年10月12日(月)14:30~15:45 |
| 演題 | 消防現場で学んだ優しさの意味~人を生かす言葉の力~ |
| 会場 | 新温泉町立浜坂東小学校体育館 |
| 主催 | 新温泉町立浜坂東小学校PTA |

