私は高校生のとき、「太宰治病」にかかりました。
もちろん、そんな病名が本当にあるわけではありません。
劣等感満載の文学好きの十代でしたから、太宰治の作品にのめり込むまでに、そう時間はかかりませんでした。
劣等感のかたまりだった高校時代
当時の私は、自分に自信を持てませんでした。
人とうまく話せず、家庭の中でもほとんど口をきかなくなっていました。自分の中に、人に認めてもらえるものがあるとは思えなかったのです。
そんな私が、太宰治の作品を夢中になって読みました。
太宰の小説には、格好のよい人間ばかりが登場するわけではありません。
人にどう見られているかを気にして、取り繕い、失敗し、自己嫌悪に陥る。そんな人間の弱さや格好悪さが、時にはおかしいほど正直に書かれていました。
それを読んでいるうちに、劣等感に悩み、人とうまくなじめない自分にも、何か書いたり表現したりできるものがあるのではないかと思えるようになりました。
「人と違うことは、欠点であるだけではない」
太宰の作品は、そんな逆転の発想を私に与えてくれました。
一片の自信も持てなかった高校生の私にとって、太宰治は、ある意味で名カウンセラーだったのです。
太宰治の生家「斜陽館」を訪ねて
それから長い年月が過ぎ、青森県五所川原市金木町にある太宰治の生家を訪ねました。
太宰の生家は、かつて「斜陽館」という旅館として使われ、現在は太宰治記念館になっています。
館内を歩くと、立派な建物と豪華な家具や調度品が目に入ります。
こんな大きな家に生まれ、兄は秀才で、家は地元の名家。それはそれで、息苦しいものがあったのかもしれないと思いました。
太宰でなくても、「生まれてすみません」の一つくらい言いたくなるってものです。
高校生の頃に作品の中で出会った太宰が、少しだけ近くに感じられました。
太宰治は、私にとって単なる憧れの作家ではありません。
自意識や劣等感を抱えた人間が、それでも言葉を使って自分を表現する。その姿を見せてくれた、少々やっかいではありますが、忘れられない恩人です。
「愛は言葉だ」
太宰治は「創生記」の中で、こう書いています。
「愛は言葉だ。おれたち、弱く無能なのだから、言葉だけでもよくして見せよう。」
この言葉は、今の私の活動にもつながっています。
私は講演で、照れくさくて感謝を伝えにくい身近な人にこそ、思いを言葉にして伝えることが大切だと話しています。
ところが、思春期の私は、身近な家族に対して不器用にしか接することができませんでした。
本当は分かってほしい。認めてもらいたい。
けれども、それを素直に言葉にすることができない。その代わりに黙り込み、本の中へ逃げ込んでいました。
そんな私を、太宰の言葉が受け止めてくれました。
太宰治が私の話を聞いて、何か助言してくれたわけではありません。それでも作品を読むことで、「自分だけではない」と思うことができました。
それは、誰かに話を聞いてもらったときの安心感に、どこか似ていたのかもしれません。
言葉にしなければ伝わらない
今の私は、講演で話し、歌を作り、人前で歌っています。
高校生の頃には、まさか自分が人前に立って言葉を届ける仕事をするとは思ってもいませんでした。
それでも振り返ってみれば、太宰治の作品を目を輝かせて読んでいたあの時間が、今の活動の出発点の一つだったように思います。
小説家や詩人だけが、言葉を使う表現者なのではありません。
私たちは誰もが、日々の暮らしの中で言葉を使っています。
感謝していても、心配していても、大切に思っていても、口にしなければ相手に伝わらないことがあります。
弱くて、不器用で、うまく行動に表せないからこそ、せめて言葉だけでも届ける。
太宰治の「愛は言葉だ」という一節を思い出すたびに、私も自分の言葉で、大切な思いを伝えていきたいと思うのです。
(新聞の月一コラムに掲載されたエッセイをもとに、加筆・再構成しました)

