消防署での私は、明るい人間で通っていました。
冗談を言っては周囲を笑わせ、後輩からも「いつも元気ですね」と言われていました。
しかし、当時の私は、家庭のことで大きな悩みを抱えていました。
家族が心の病気になり、どう支えればよいのか分からない。けれど、その苦しさを職場の誰にも話すことができませんでした。
職場で笑っていたのは、心に余裕があったからではありません。
明るくふるまっていなければ、自分まで崩れてしまいそうだったのです。
消防署では「明るい人」で通っていた
私は消防士として32年間勤務しました。
職場では冗談を言い、場の空気を和ませることがよくありました。
周囲から見れば、悩みのない明るい人間に映っていたかもしれません。
ところが家では、妻がうつ病と診断され、苦しんでいました。
以前のような笑顔が見られなくなり、夫婦の会話も少しずつ減っていきました。
妻のために何かしてやりたい。
けれど、何をすればよいのか分からない。良かれと思ってかけた言葉が、かえって妻を苦しめることもありました。
支えたいのに、支え方が分からない。
そのことが、私自身の心にも重くのしかかっていました。
救急活動の間だけ、家庭の苦しさから離れられた

救急出動の指令が入れば、目の前の活動に全神経を集中させます。
交通事故現場では、油圧救助器具などを使い、大きく変形した車両から負傷者を救出することもありました。
負傷者の状態を確認し、救急車へ収容する。
一つの判断が命に関わる現場では、家庭のことを考えている余裕はありません。
体力も神経も消耗する活動でしたが、その間だけは、家庭の苦しさから離れることができました。
当時の私にとって、過酷な現場で活動することが、自分が生きていることの証明であるように感じられたのです。
しかし、活動を終えて消防署へ戻る車内から街の明かりが見えてくると、再び現実に引き戻されました。
「今、妻は一人で何をしているだろう」
つらそうな妻の様子を思い浮かべると、胸が苦しくなりました。
夜勤中に届いた妻からのメール
ある夜、消防署で勤務していた私の携帯電話に、妻からメールが届きました。
「苦しい、目がまわる。どうしていいのかわからない。お父さん、助けて」
その言葉を読んでも、勤務中の私はすぐに家へ帰ることができません。
そばにいてやりたい。
けれど、行くことができない。
携帯電話を閉じても、妻の言葉が頭から離れませんでした。
自分たちの人生は、いったいどうなってしまうのだろう。
二人で笑ったり、泣いたりしながら息子たちを育て、ようやく夫婦二人の生活になった矢先のことでした。
二十歳の頃の妻の笑顔が浮かびました。
私の冗談に笑ってくれた、あの頃の妻の笑顔。
「どうして、こんなことになってしまったのだろう」
何度考えても答えは出ません。それでも私は、同じことを繰り返し考えていました。
表面上は笑っていても、心の中には、いつも重い鉛のようなものがありました。
誰にも苦しさを話せなかった
当時の私は、妻のことを職場の誰にも打ち明けられませんでした。
弱い部分を見せることへのためらいがありました。
「こんな家庭の悩みを話しても、分かってもらえないだろう」
そう思い込んでいたのかもしれません。
今振り返ると、私は妻を支えようとする一方で、自分自身の苦しさを誰にも聞いてもらっていませんでした。
「前向きに考えよう」
「自分がしっかりしなければ」
「もっと明るくしていなければ」
そう自分に言い聞かせるほど、心は苦しくなっていきました。
ポジティブに考えれば解決するという、単純な話ではありませんでした。
私に必要だったのは、さらに頑張ることではなく、
「自分も苦しい」と誰かに話すことだったのかもしれません。
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心が疲れたときに必要なのは弱音とグチ。
再び夫婦で笑い合えるまで

妻が再び笑えるようになるまでには、長い年月がかかりました。
時間が止まったように感じられた日々が、少しずつ動き始めました。
妻の笑顔が見られるようになり、夫婦で会話を交わせることが、どれほどありがたいことなのか。
以前は当たり前だと思っていた日常が、当たり前ではなかったことに気づきました。
やがて私は、32年間務めた消防を早期退職しました。
妻が回復したことで、職場で無理に笑顔を作り、自分を保つ必要もなくなりました。
今では、妻と一緒に笑える時間を大切にしています。
あの頃の経験については、プロフィールでもお伝えしています。
あの経験を、今は心の健康講演会で話しています

現在、私は心の健康講演会で、消防・救急現場での経験とともに、家族の心の病気と向き合った体験をお話ししています。
講演でお伝えしているのは、病気の治療法ではありません。
妻をどう支えればよいのか分からず、何度も迷ったこと。
良かれと思ってかけた言葉が、相手を苦しめることがあったこと。
支える家族も疲れ、心に余裕を失うことがあること。
自分の苦しさを誰にも話せなかったこと。
そして、後になって気づいた、弱音を吐くことや、人に話すことの大切さです。
家族が苦しんでいるとき、何とか元気にしてあげたいと思います。
しかし、正しい答えを教えることよりも、相手の話を否定せずに聴くことが必要な場合があります。
同時に、支える側も、自分の心を守らなければなりません。
支える人も、一人で抱え込まないでください
家族が心の病気になると、本人を支えることに気持ちが向き、自分の疲れには気づきにくくなります。
「自分がしっかりしなければ」
「家族なのだから支えなければ」
そう思うほど、自分の苦しさを口にできなくなることがあります。
私も、そうでした。
しかし、支える人にも心があります。
疲れることもあります。
不安になることもあります。
どうしてよいか分からなくなることもあります。
その気持ちを、一人だけで抱え込む必要はありません。
信頼できる家族や友人、主治医、地域の相談窓口などに話してください。
本人のことを相談するだけでなく、支えている自分自身の苦しさも話してよいのです。
相談先が分からない場合は、厚生労働省の相談窓口案内も利用できます。
明るく見える人も、心の中で苦しんでいることがある
いつも笑っている人が、心から元気だとは限りません。
冗談を言って周囲を笑わせている人が、誰にも言えない悩みを抱えていることもあります。
消防署で明るくふるまっていた頃の私は、その一人でした。
だからこそ今、講演で伝えています。
「最近、眠れていますか」
「何か困っていることはありませんか」
「話したくなったら、いつでも聞きますよ」
特別な助言ができなくても、そんな一言が、誰かの心を少し軽くすることがあります。
そして、自分自身が苦しいときには、
「実は、今ちょっとつらいんです」
と話していいのです。
あの頃の私は、この経験を人前で話す日が来るとは思っていませんでした。
苦しかった経験に、無理に意味を見つける必要はありません。
それでも長い時間を経た今、私の体験を話すことで、同じように悩んでいる人の心が少し軽くなることがあると知りました。
そのことに、私は感謝しています。
心の健康講演会では、消防・救急現場での体験や家族との経験を交えながら、心の疲れに気づくこと、弱音を吐くこと、相手の話を聴くことの大切さをお伝えしています。
講演内容や開催方法については、お問い合わせフォームからご相談ください。

