人生のリモコン―早送りしたかった私が、今を大切に思うまで

家族写真を背景に、木製テーブルへ置かれたリモコン

もし人生にリモコンがあったなら、私は何度も「早送り」のボタンを押していたと思います。

最初にそう思ったのは、小学生の頃でした。

嫌なことが多く、楽しかったのは友達と遊ぶことと、少し悪いことをすることくらいでした。

当時は、自分が後に消防士になるなど、想像もしていません。

校舎が燃えてなくならないだろうか。

学校のない世界へ、誰かがさらって行ってくれないだろうか。

そんなことまで空想していました。

大人になれば、給食も勉強もない、自由な世界で生きられる。

それなら今すぐ大人になれないものか。

もし「人生のリモコン」があったなら、4倍速どころではありません。

ずっと先のチャプターまで、一気に飛ばしていたでしょう。

大人になっても、早送りしたかった

ところが、大人になれば、すべてが自由になるわけではありませんでした。

仕事のことで悩んでいた頃、私はまた、人生を早送りできたらと思うようになりました。

もちろん、本当にできるとは思っていません。

われながら馬鹿げた妄想です。

それでも、目の前のつらい時間を飛び越えて、早く次の場面へ行きたい。

心のどこかで、そんなことを考えていました。

子どもが生まれて、考えが変わった

川原で遊ぶ男の子兄弟

そんな考えが消えたのは、子どもが生まれてからです。

とにかく、かわいくてしかたがありませんでした。

まだ「イクメン」という言葉もなかった頃ですが、子どもを風呂に入れ、ミルクを飲ませ、おしめを替えました。

長男は夜泣きがひどく、共働きだった妻と交代しながら、一晩中あやしたことも何度もあります。

眠い。

明日も仕事がある。

頼むから寝てくれ。

そう思いながら抱いていたこの子も、いつかは大きくなり、家を出ていく。

そう考えると、大変な一瞬一瞬まで、とても大切に思えました。

自分にとって嫌な時間だけを早送りすることはできません。

私の時間を進めれば、子どもの時間も同じように進んでしまいます。

夜泣きも、おしめを替える時間も、小さな体を抱く時間も、全部一緒に過ぎていきます。

それは困る。

人生のリモコンがあったとしても、簡単には押せなくなりました。

離れている時間も、同じ人生の中にある

仕事中は、子どもと離れています。

私が仕事をしている間、子どもは保育園で過ごしていました。

一緒にいない時間なら、早送りしてもよいのではないか。

一瞬、そんな考えが浮かびました。

けれども、私が仕事をしている時間も、子どもが保育園で過ごしている時間も、同じ家族の人生の中にあります。

私の時間だけを早送りしたつもりでも、子どもはその分だけ大きくなります。

そんなことを考えている暇があるなら、ちゃんと仕事をしろと叱られそうですが。

「あの子らがいたらなぁ」

やがて、二人の子どもは進学のため都会へ出ていきました。

家には、妻と私の二人だけが残りました。

あるとき妻が、寂しそうに言いました。

「あの子らがいたらなぁ」

私は妻に、こんなことを話しました。

「今、目の前の空間にいないだけで、こうしてずっと子どもの話ができることは、幸せなことじゃないか。話している間、子どもの存在を感じられる。それだけでも、俺は幸せだと思う」

夜泣きをしていた頃。

風呂に入れ、ミルクを飲ませていた頃。

家の中に子どもの声があった頃。

あの頃は大変でした。

けれども、過ぎてしまえば、どれも二度と戻らない時間です。

顔を見ることができなくても、子どものことを話せる。

離れた場所で暮らしていると分かっている。

それは、ずいぶん贅沢なことなのだと思います。

人生のリモコンは、もういらない

病気や別れなど、本当に苦しい時間の中にいて、心の底から「この時間を飛ばしたい」と願う人もいるでしょう。

簡単に「今を大切に」とは言えません。

それでも私は、子どもとの時間を通して、自分の人生にある時間を少しずつ違う目で見るようになりました。

大切な人と一緒にいる時間。

離れていても、その人を思う時間。

そして、自分自身が生きている時間。

どれも、あとから同じ形では取り戻せません。

人生のリモコンのことを、私はいつの間にか考えなくなりました。

もし今、目の前に置かれていても、たぶん早送りのボタンは押さないでしょう。

大変だった時間まで消えてしまうのは、少しもったいないですから。

※この記事は、日本海新聞に掲載されたコラムをもとに加筆しました。

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