ミスを責めない職場が事故を防ぐ|元消防士が考える安全な職場の作り方

私が消防士として勤務していた頃、「ハインリッヒの法則」について頻繁に学習する機会がありました。
ハインリッヒの法則とは、事故によるけがの程度と、その背景にある傷害を伴わなかった事故などの比率を示した経験則です。
消防の仕事は、常に危険と隣り合わせです。
火災、救助、救急など、現場での判断や行動を一つ間違えれば、住民だけでなく、活動する消防隊員の命にも関わります。
そのため、安全教育が厳しく行われること自体は当然のことでした。
ところが、小さなミスが起きるたびに、ハインリッヒの法則が持ち出されました。
「そんな小さなミスが重なって、いずれ大きな事故を引き起こすんだぞ」
「気持ちが緩んでいるから、こんなミスをするんだ」
そんな言葉とともに、厳しく叱責されることがありました。
安全のための叱責が、職場を萎縮させた

もちろん、危険が目前に迫っている活動現場では、大声で注意しなければならないことがあります。
一瞬の判断の遅れが、命に関わるからです。
しかし、その場で危険な行動を止めるための厳しい指示と、起きたミスについて後から個人を責め続けることは、分けて考える必要があります。
小さなミスのたびに厳しく叱責される状況が続くと、署員は次第に萎縮していきました。
余計なことをして失敗するくらいなら、自分の担当範囲以外のことには手を出さないほうがよい。
気づいたことがあっても、口を出して責任を負うくらいなら黙っていたほうがよい。
そんな空気が生まれていきました。
職場の安全には、担当の垣根を越えた声かけや助け合いが欠かせません。
ところが、叱責を恐れるようになると、署員は自分の担当範囲にしか手も口も出さなくなります。
誰かのミスに気づいても、声をかけにくい。
困っている人がいても、手を貸しにくい。
自分がミスをしても、正直に報告しにくい。
その結果、職場のコミュニケーションが減り、チームワークが円滑にいかなくなります。
そして、情報共有や相互確認が十分にできない職場では、かえって事故につながる危険が高くなってしまいます。
安全のために行われていたはずの叱責が、結果として安全を支えるチームワークを弱くしていたのです。
ミスを報告できない職場の危険性

私が働いていた消防署では、資器材の紛失が続いた時期がありました。
資器材は、災害現場で人の命を守るために使う大切なものです。紛失すれば、当然、原因を調べて再発を防がなければなりません。
そのたびに上司は、署員全員を大声で叱責しました。
しかし、叱責が続くほど署内の空気は険悪になり、署員の気持ちは萎縮していきました。
ミスを正直に報告すれば、また厳しく責められる。
そう思えば、
「これくらいなら、黙っていても問題ないだろう」
という気持ちが生まれても不思議ではありません。
ミスをしたこと以上に危険なのは、そのミスが報告されず、同じ問題が職場の中に残り続けることです。
報告されなければ原因を調べられません。
原因が分からなければ改善もできません。
そして、同じ状況が繰り返される可能性があります。
ハインリッヒの法則は、人を責めるためのものではない

ハインリッヒの法則から学ぶべきなのは、小さなミスをした人を見つけて厳しく叱ることではないと思います。
小さな事故や異常の背景に、どのような危険が潜んでいるのかを考え、重大な事故になる前に改善することが大切です。
見るべきなのは、本人の気持ちの緩みだけではありません。
設備や資器材の配置に問題はなかったか。
作業手順が分かりにくくなかったか。
十分な人員や時間が確保されていたか。
疲労や情報不足が判断に影響していなかったか。
署員同士が声をかけ合える状況だったか。
一つのミスを、個人を責める材料にするのか。
それとも、職場全体の安全を改善するための情報として扱うのか。
その違いは、とても大きいと思います。
ミスは安全を改善するための情報

人は、どれだけ注意していても間違えることがあります。
だからこそ、個人の緊張感や注意力だけに頼るのではなく、間違いが起きても重大な事故につながりにくい仕組みをつくる必要があります。
小さなミスやヒヤリハットは、職場の弱点を教えてくれる情報です。
ところが、報告した人が責められる職場では、その大切な情報が集まらなくなります。
「ミスをするな」と繰り返すだけでは、ミスがなくなるとは限りません。
表に出てこなくなるだけかもしれないのです。
安全な職場をつくる3つの取り組み
1.報告した人を、最初から責めない
ミスの報告を受けたとき、まず必要なのは叱責ではなく、何が起きたのかを正確に聞くことです。
故意や重大な規則違反は別として、報告したこと自体を責めてしまえば、次から情報が上がってこなくなります。
正直に報告したことを受け止め、原因と対策を一緒に考える姿勢が必要です。
2.「誰が」より「なぜ」を考える
ミスをした人を特定して終わるのではなく、その背景を調べます。
同じ状況になれば、ほかの人にも同じミスが起きる可能性はないか。
その視点で考えると、設備、作業手順、教育方法、人員配置、情報共有など、組織として改善できる点が見えてきます。
3.担当を越えて声をかけられる職場をつくる
安全は、自分の担当だけを守っていれば実現するものではありません。
誰かが危険な行動をしていたら声をかける。
困っている人がいたら手を貸す。
自分が分からないときには、素直に助けを求める。
そのような行動ができるのは、余計なことをしたと責められない職場です。
互いに手も口も出せる関係が、チームワークと安全を支えます。
安全は一人ではつくれない

消防の現場活動は、決して一人ではできません。
隊員同士が声をかけ、互いの動きを確認し、それぞれの役割を補い合うことで、安全な活動が成り立ちます。
それは、消防以外の職場でも同じではないでしょうか。
安全のために厳しく指導しているつもりでも、その指導によって職員が萎縮し、ミスを報告できなくなれば、かえって事故の危険が高まります。
大切なのは、ミスを一切許さない職場を目指すことではありません。
起きたミスを隠さず話すことができ、その原因を職場全体で考え、次の改善につなげられる職場をつくることです。
小さなミスは、責めるための材料ではありません。
大きな事故を防ぎ、職場をより安全にするための貴重な情報です。
どうぞ、本日もご安全に!
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