「1年生の時にも『産んでくれてありがとう』と伝えましたが、今日の講演を聞いて、もう一度伝えたくなりました」
講演後に送っていただいた感想文の中に、こんな言葉がありました。
2019年11月16日、鳥取県伯耆町の溝口中学校で、生徒と保護者の皆さんへ人権講演を行いました。
演題は、
「生きていることの輝き」
です。
実は、溝口中学校でこの演題の講演をするのは、2度目でした。
前回、1年生として講演を聞いてくれた生徒たちは、3年生になっていました。
同じ話であっても、2年前とは家族との関係も、友人との関係も、自分自身への見方も変わっているかもしれません。
同じ講演を2度聞いた生徒たちが、今回はどのように受け止めてくれるのだろう。
そんなことを考えながら、体育館の壇上に立ちました。
2年後に、もう一度同じ話を

今回の担当の先生からは、
「前回と同じ話を、もう一度聞かせてください」
と依頼していただきました。
講師としては、
「同じ内容でよいのだろうか」
という思いも少しありました。
しかし、中学生の2年間は大きな時間です。
1年生だった生徒が3年生になり、進路について考える時期を迎えています。
家族との距離、友人関係、将来への不安。抱えている悩みも、2年前とは違うでしょう。
以前は心に残らなかった言葉が、今なら違って聞こえることもあります。
同じ話でも、聞く人の成長や、そのとき置かれている状況によって、受け取り方は変わるのだと思います。
苦しいときには、誰かに話してほしい
私は32年間、消防士として、事故、火災、救急など、さまざまな現場へ出動しました。
その中には、命が失われた現場もあります。
それまで続いていた日常が突然途切れ、深い悲しみの中にいるご家族の姿も見てきました。
どれほど現場経験を重ねても、その悲しみに慣れることはありませんでした。
消防・救急現場で多くの命と向き合う中で、私は、生きていること自体が決して当たり前ではないと感じるようになりました。
夢が思いどおりにならないこともあります。
友人関係や家族との関係に悩み、「もう何もかも嫌だ」と感じることもあるかもしれません。
そんなときには、一人で抱え込まず、家族、友人、先生など、信頼できる人へ話してほしいと伝えました。
すぐに問題が解決しなくても、心の中にある苦しさを誰かに話すことで、少しだけ息がしやすくなることがあります。
助けを求めることは、弱いことでも、恥ずかしいことでもありません。
生きているから、また始められる
私は現場で命が失われるたびに、
「生きていること自体が、すごいことなのだ」
と感じました。
夢が壊れてしまっても、生きていれば、心と体に少しずつ力を蓄えることができます。
また新しい夢を見つけることもできます。
これまで知らなかった人と出会い、その出会いによって人生が変わることもあります。
今、苦しさの中にいる人へ、「前向きに頑張りなさい」と簡単に言うことはできません。
ただ、今の苦しさが永遠に同じ形で続くとは限らないこと、そして一人で耐え続けなくてもよいことは、伝えたいと思っています。
「ありがとう」は思うだけでは伝わらない
講演では、命の大切さとともに、家族や身近な人へ感謝を伝えることについてもお話ししました。
私自身も、両親、妻、息子たちへ「ありがとう」を伝えた経験があります。
家族だからこそ、改まって感謝を伝えるのは照れくさいものです。
「言わなくても分かっているだろう」
と思ってしまうこともあります。
けれど、心の中で感謝しているだけでは、相手に伝わらないことがあります。
面と向かって言うのが恥ずかしければ、手紙でも、メールでも構いません。
言葉にできなければ、行動で示す方法もあります。
大切なのは、自分に合った形で思いを届けようとすることではないでしょうか。
2度目だからこそ生まれた感想

後日、先生から、生徒の皆さんが書いた感想文を送っていただきました。
プライバシーに配慮し、その一部をご紹介します。
「講演を聞いて特にしようと思ったことは、『産んでくれてありがとう』と母に伝えることです。1年生の時にも伝えましたが、もう一度伝えたくなりました」
同じ講演を聞いた2年前にも、実際に感謝を伝えてくれていました。
そして3年生になった今、もう一度伝えたいと思ってくれたことを、うれしく感じました。
一方で、前回は伝えられなかったという生徒もいました。
「1回目の時は恥ずかしくて、お母さんに『産んでくれてありがとう』と言えませんでした。高校に進学する前に言いたいと思いました」
講演を聞いたからといって、すぐに言葉にできるとは限りません。
今は言えなくても、「いつか伝えたい」と思うことから始まるのだと思います。
悩みを相談することについて書いてくれた生徒もいました。
「この先、たくさんの厚い壁にぶつかると思うので、遠慮せずに家族や信頼できる友人へ悩みを相談したいと思いました」
そして、言葉以外の方法で感謝を示したいという感想もありました。
「『産んでくれてありがとう』『育ててくれてありがとう』と思ったことはあるけれど、親に伝えたことはありません。思い切って言いたいです。伝えられなくても、行動で表したいです」
同じ講演を2度聞いても、心に残る言葉や、その後に起こそうと思う行動は一人ひとり違います。
その違いも大切にしたいと思いました。
中学生へ歌が届くのだろうか
講演では、話の内容に合わせてオリジナルソングを3曲歌いました。
私の曲は、いわゆるフォーク調です。
中学生の皆さんが聴いてくれるだろうかと、少し心配していました。
ところが、感想文には、
「3曲すべてよかったです」
「歌詞の一言一言が響きました」
「『梨のうた』が一番お気に入りです」
という言葉が数多く書かれていました。
歌を聴きながら、自分の家族や大切な人を思い浮かべてくれた生徒もいたのかもしれません。
話として伝える言葉と、歌詞として伝える言葉。
届け方は違っても、生徒たちがそれぞれの受け止め方をしてくれたことが、ありがたく感じられました。
同じ話でも、心に届く時期は違う
1年生のときに感謝を伝えた生徒。
伝えたいと思いながら、恥ずかしくて言えなかった生徒。
3年生になり、もう一度伝えようと思った生徒。
人の心が動く時期は、一人ひとり違います。
講演を一度聞いただけで、すぐに行動が変わるとは限りません。
それでも、心の中に小さな種のように言葉が残り、何かのきっかけで思い出してもらえることがあります。
同じ話を2度聞いてもらうことにも、意味があるのだと、生徒たちの感想から教えてもらいました。
今すぐ言えなくても構いません。
いつか、伝えたいと思ったときに、
「産んでくれてありがとう」
「育ててくれてありがとう」
という思いを、自分らしい形で届けてくれることを願っています。
5年後、3回目の溝口中学校講演へ
それから5年後の2024年11月、再び溝口中学校から人権講演会のご依頼をいただきました。
3回目となった講演でも、生徒と保護者の皆さんから、たくさんの感想を寄せていただきました。
中には、帰宅後に保護者の方が子どもへ、
「生まれてくれてありがとう」
と伝えると、子どもから、
「産んでくれてありがとう」
と返ってきたという感想もありました。
同じ学校で講演を重ねる中で、生徒だけでなく、保護者の皆さんにも感謝の言葉が広がっていくことを、うれしく思いました。
開催概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 行事名 | 溝口中学校人権講演会 |
| 開催日 | 2019年11月16日(土) |
| 時間 | 10時~11時50分 |
| 演題 | 生きていることの輝き |
| 会場 | 伯耆町立溝口中学校 |
| 開催地 | 鳥取県西伯郡伯耆町 |
| 主催 | 伯耆町立溝口中学校PTA |
| 対象 | 中学生、保護者 |
| 主な内容 | 命の大切さ、悩みを相談すること、家族への感謝、オリジナルソング |
講演を準備してくださった先生方とPTAの皆さん、ご参加くださった保護者の皆さん、そして長い感想文を書いてくれた生徒の皆さん、本当にありがとうございました。
学校の人権講演会を企画されている皆さまへ
私は、32年間の消防・救急現場で経験したことと、オリジナルソングの弾き語りを交え、命の大切さ、家族への感謝、悩みを一人で抱え込まないことについてお話ししています。
中学生、高校生、保護者、教職員など、参加される方と開催目的に合わせて講演内容を構成します。
一度聞いて終わる講演ではなく、数年後にもふと思い出してもらえる言葉を届けたいと考えています。

