ありきたりの言葉だけど(日本海新聞コラム)

日本海新聞に掲載された石川達之のコラム

この夏も、講演会でたくさんの人に出会いました。

猛暑の日が続き、壇上の私も汗だくになって話し、歌いますが、参加された人たちも、空調が暑さを和らげるまでの時間、汗だくで聞いていらっしゃいます。

最後まで汗だくなのは私だけで、講演が進むにつれ、汗が引いて落ち着かれ、私の話で弾けるような笑い声が会場に広がるのがわかります。

そんな会場も後半になると、感情移入して聞いてくださるのが伝わってくるような真剣な表情の人が多くなります。ハンカチを手に、涙を拭かれる人があちこちに見られるようになります。

それは何も、私が特別ドラマチックな話を語るからではありません。 消防士時代の現場 体験や、私生活のエピソードを語り、それがきっかけで生まれてき たオリジナルソングを 歌い、心理学の学びをお話しするだけです。

「産んでくれてありがとう」
「生まれてくれてありがとう」
「いてくれてありがとう」

大切な人に対して、 その思いを伝えてくだ さい、という地味なメッセージを、暑苦しくも汗だくで伝えています。

多くの人が、そんな ありきたりなメッセージに涙を流されるのは、誰もが同じ思いを持っているからではないでしょうか。
家族、恋人、友人、同僚が、自分にとって大切な存在だとわかっていて も、その思いを言葉にして伝える人は意外に少ないようです。

「ぜひ、皆さんも恥ずかしさを乗り越えて、言葉にして伝えてください」
どんなに大切な人でも、毎日会っていると、目の前にいることが当たり前だと感じてしまうのが普通なのかもしれません。

私の講演を聞き、照れくささを乗り越えて思いを伝えた人からのメールやお手紙をいただくことがあります。

「勇気を出して父親に 『育ててくれてありがとう』と伝えました。
その時すでに父は病気でした。先日、葬式をして送りました。たくさんの後悔がありますが、感謝の言葉を伝えられたことで持ちこたえられました」

ありきたりの言葉が伝える側も伝えられた側も、どんなに心を温かくし、救ってくれるかを、私の方こそ
改めて教えていただきました。

心臓をギューと絞られるような思いを経験した救急現場のことや、自分の生きている意味すら見失いそうになった私生活の出来事を、歌と話で伝えることをちゅうちょした時期もありました。しかし、そんなメールやお手紙に励まされて、これからも汗だくでメッセージを伝えていこうと思っています。

日本海新聞「潮流」の記事画像
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