もし、来年の今頃には、この世にいないとしたら。
そう考えたとき、あなたは何を思い浮かべるでしょうか。
会っておきたい人。伝えておきたい言葉。ずっと先延ばしにしてきたこと。
私は32年間の消防生活で、ついさっきまで普通に暮らしていた人の命が、突然失われる現場を何度も見てきました。
そのたびに思いました。
(人は、いつ死ぬか分からない。やりたいことを先延ばしにしてはいけない)
ところが、現場活動が終わり、署に戻れば、また次の仕事が待っています。家に帰れば、いつもの生活が始まります。
あれほど強く感じたはずなのに、何日か経つと、その思いは少しずつ薄れていきました。
命が有限であることを知るのと、その事実を自分の生き方にまで落とし込むことは、まったく別でした。
目の前の死に胸を痛めても、日常に戻れば忘れてしまう

交通事故、急病、火災、救助現場。
消防士として、人の生と死が交差する場所へ出動してきました。
年齢や健康状態に関係なく、何でもない一日が突然途切れることがあります。
「今日も無事に家へ帰れることは、当たり前ではない」
「家族と食事をし、笑って話せることは、かけがえのない時間なんだ」
現場では、心の底からそう感じます。
それでも、日常に戻ると、人は忘れます。私も忘れました。
仕事に追われ、生活の心配をし、「いつか時間ができたら」と言いながら、本当にやりたいことを後回しにしていました。
何度も命の現場に立ち会った消防士だから、後悔のない人生を送れていたわけではありません。
むしろ、分かっているのに動けない自分を、ずっと抱えていました。
定年後を楽しみにしていた先輩

そんな私の生き方を大きく揺さぶったのは、同じ消防署で働いていた先輩の死でした。
先輩は定年退職を間近に控え、退職後の自由な生活を楽しみにしていました。
しかし、毎年人間ドックを欠かさず受けていたのに、大きな病気が見つかりました。
しばらくは仕事を続けながら通院していましたが、しだいに痩せ、元気がなくなっていきました。
退職の日を、先輩は病院で迎えました。
そして、その数か月後に亡くなりました。
24時間勤務の消防では、職場の仲間と文字どおり寝食を共にします。危険な現場では力を合わせ、休憩時間にはくだらない話で笑いました。
そんな先輩が、楽しみにしていた退職後の時間を過ごせないまま亡くなったことが、私には重く残りました。
それまでにも、目の前で息を引き取る人を何人も見てきました。そのたびに自分の生き方を考えながら、やがて日常へ戻っていました。
しかし、身近な先輩の死は、いつものように忘れることができませんでした。
「石川君、今のままでいいのか?」

当時の私は、消防士として働きながら、ライブ活動やNPO活動、自主イベントなどを続けていました。
もっと思い切って活動したい。自分の経験や歌を、多くの人に届けたい。
そんな思いがありました。
一方で、消防は安定した仕事です。職場環境もよくなり、人間関係にも恵まれていました。
消防という仕事に誇りを持って真摯に働く同僚たちを見ながら、自分だけが別の道へ進もうとすることは、失礼なのではないかという思いもありました。
家族の生活や将来への不安もあります。
「やりたいことをやれ」と言うだけなら簡単です。しかし、仕事を辞めた後も、生活は続きます。
そんな迷いの中で、先輩の声が聞こえるような気がしました。
「石川君、今のままでいいのか?」
もちろん、先輩が実際にそう言ったわけではありません。私が頭の中で作った言葉です。
それでも、その問いは消えませんでした。
もし自分が明日死ぬとしたら、本当にやりたいことへ一歩も踏み出さなかったことを、後悔しないだろうか。
決意しても、実行まで4年かかった
先輩の死をきっかけに、私は消防を辞め、講演や歌の活動に力を注ごうと考えるようになりました。
けれど、すぐに退職願を出したわけではありません。
決意してから、実際に辞めるまで4年かかりました。
「本当に生活していけるのか」
「家族に迷惑をかけるのではないか」
「もう定年まで勤めたほうがよいのではないか」
気持ちは何度も揺れました。
だから私は、「来年の今頃は生きていないかもしれない」と考えれば、迷いがすべて消え、すぐに大胆な行動ができる、とは言えません。
怖いものは怖いのです。責任があれば、なおさらです。
ただ、その問いを忘れなかったことで、少しずつ準備を進めることはできました。
講演やイベントに出演し、自分の経験を文章にし、話と歌を組み合わせた表現を試しました。
いきなりすべてを捨てたのではありません。迷いながら、小さな助走を続けました。
後悔のない人生は、失敗しない人生ではない

消防を早期退職して講演家になってからも、思いどおりにいかないことはたくさんありました。
講演依頼が思ったほど来ない。消防士時代の収入には届かない。本当にこの道でよかったのかと、不安になったこともあります。
それでも、「やりたいことをやる上での苦労」と、「やりたいことを諦めたまま抱える苦しさ」は、私にとって違うものでした。
後悔のない人生とは、何も失敗しない人生ではないのでしょう。
怖さも迷いもありながら、自分で選んだと思える人生なのではないか。今の私は、そう感じています。
来年の今頃を考えて、今日できること

「来年の今頃には、この世にいないとしたら」
この問いへの答えは、人によって違います。
仕事を辞めることでも、大きな夢へ挑戦することでもないかもしれません。
疎遠になった人へ連絡すること。
家族に「ありがとう」と伝えること。
会いたい人に会う日を決めること。
ずっと気になっていたことを、紙に一行書いてみること。
そんな小さなことでよいと思います。
私自身、命が有限だと何度気づいても、何度も忘れてきました。今でも、目の前の忙しさに流されます。
だから、ときどき自分に問いかけます。
来年の今頃、自分がいないとしたら、今日やらなかったことを後悔しないだろうか。
その答えが「少し後悔するかもしれない」なら、今日、ほんの少しだけ動いてみる。
それくらいが、私にはちょうどよいようです。
先輩のことを思い出すたび、心の中で伝えています。
「おかげで、自分の人生を本気で考えることができました。ありがとうございます」
50代からの人生再出発。消防局を早期退職して講演家になった私の体験談と準備
生きがいと人生について講演でお伝えしています
私の講演では、消防・救急現場で命と向き合ってきた経験や、50代で消防を早期退職し、講演家として新しい道を選んだ体験をお話ししています。
「今のままでよいのだろうか」
「これまでの経験を、これからの人生にどう生かせばよいのだろうか」
そんな思いを抱える方に、きれいな成功談ではなく、迷いながら一歩を踏み出した実体験を、オリジナルソングとともにお届けします。

