記事一覧

同僚の「いつもと違う」に気づけますか?|元消防士が考える心の健康と安全

「最近、いつもと様子が違っているとは思っていたんです」

「少し気になっていましたが、大したことではないと思っていました」

消防士として労災事故の現場に出動したあと、職場の方から、このような言葉を聞いたことが何度かあります。

事故が起きたあとで振り返ると、本人の表情や会話、仕事ぶりに、いつもとは違う様子が見られていたというのです。

もちろん、同僚の心の不調に気づけば、すべての事故を防げるわけではありません。

しかし、日頃からお互いの様子に目を向け、気になったときに一言声をかけられる関係があれば、防げる事故や深刻化を避けられる問題もあるのではないでしょうか。

労災事故の現場で見てきたもの

私は消防士時代、さまざまな労災事故の現場に出動しました。

建設現場での転落事故、重機や土砂による事故、製造ラインやプレス機、草刈り機、丸ノコなどによる事故です。

私が勤務していたのは地方の小さな消防本部でした。そのため、事故に遭った方や勤務先の方が顔見知りだったこともあります。

事故が起きれば、まずはけがをされた方の処置や搬送を最優先します。

その後、事故が起きた状況を調べていくなかで、

「実は最近、家庭のことで悩んでいたようです」

「かなり疲れているように見えました」

「以前と比べて元気がなかったんです」

といった話を聞くことがありました。

実際に、家庭での心配事や強いストレスを抱えていたと、あとから聞いた事例もあります。

ただし、それが事故の直接的な原因だったと断定することはできません。

事故の原因は、一つとは限らないからです。

事故を「本人の心の問題」だけで片づけてはいけない

労災事故には、設備の不具合、作業手順、教育不足、人員配置、長時間労働、疲労、現場環境など、さまざまな要因が関係します。

事故が起きたときに、

「本人の注意力が足りなかった」

「悩みがあって集中できていなかった」

と、個人の問題だけにしてしまうのは危険です。

厚生労働省の安全衛生情報でも、作業者の意識だけで不安全行動や事故を防ぐことには限界があり、作業手順や教育、設備面を含めた対策が必要だとされています。

不安全行動とは|職場のあんぜんサイト(厚生労働省)

心の問題を強調しすぎると、本来改善すべき設備や仕組みの問題が見えにくくなる可能性もあります。

事故防止に必要なのは、誰か一人を責めることではなく、

「なぜ、その行動になったのか」

「設備や手順に問題はなかったか」

「同じ状況でも事故が起きない仕組みにできないか」

と、複数の面から考えることです。

それでも心の健康が安全に関係する理由

一方で、心配事や強いストレスを抱えていると、普段なら気づけることを見落としたり、判断に迷ったりすることがあります。

頭では作業手順を分かっていても、心に余裕がなくなれば、確認を省略したり、周囲の声が耳に入らなくなったりすることも考えられます。

だからといって、本人の表情だけを見て、

「うつ病ではないか」

「心に問題があるのではないか」

と決めつけてはいけません。

病気かどうかを職場の人が判断する必要はありませんし、無理に事情を聞き出す必要もありません。

大切なのは、診断することではなく、いつもとの違いに気づくことです。

「いつもと違う」に気づくために

作業を始める前に挨拶を交わす職場の人たち

同じ職場で働いていても、仕事上の指示だけを交わしていると、相手の小さな変化には気づきにくいものです。

反対に、日頃から挨拶をしたり、短い会話を交わしたりしていれば、

「今日は少し顔色が悪いな」

「いつもより返事に元気がないな」

「最近、休憩中も一人でいることが多いな」

といった変化に気づくことがあります。

これは、相手を監視するという意味ではありません。

普段の様子を知っているからこそ、変化に気づけるということです。

何気ない挨拶や世間話は、仕事と関係のない無駄な時間に見えるかもしれません。

しかし、安全という面から考えると、お互いの状態を知るための大切な時間でもあるのです。

気になったとき、どのように声をかけるか

相手の様子が気になっても、何と言えばよいのか分からないことがあります。

そのようなときは、特別な言葉を考えなくても構いません。

例えば、

「最近、疲れていない?」

「何か困っていることはない?」

「いつもより元気がないように見えるけど、大丈夫?」

「手伝えることがあれば言ってね」

と、見たまま、感じたままを穏やかに伝える方法があります。

相手がすぐに話してくれるとは限りません。

「大丈夫です」と答えるかもしれませんし、今は話したくないと言うかもしれません。

その場合も、無理に聞き出さず、

「分かった。でも、何かあったらいつでも言ってね」

と伝えておくだけでよいと思います。

大切なのは、一度の声かけですべてを解決しようとしないことです。

声をかけられた人が、

「自分のことを気にしてくれている人がいる」

と感じられることに意味があります。

声をかけた人だけで抱え込まない

心配な状態が続いている場合や、本人の安全に関わるような様子が見られる場合は、声をかけた人だけで抱え込んではいけません。

本人のプライバシーに配慮しながら、必要に応じて上司や安全衛生担当者、産業医などにつなぐことも大切です。

厚生労働省の「こころの耳」では、働く人やその家族、職場の担当者を対象とした相談窓口などが案内されています。

職場におけるメンタルヘルス対策|厚生労働省

同僚だからといって、すべての悩みを聞き、解決しなければならないわけではありません。

専門的な支援につなぐことも、大切な気づかいの一つです。

職場で見直したい四つのこと

職場の心の健康と安全を守るために、次のような点を見直してみてはいかがでしょうか。

  • 挨拶や短い会話が自然にできているか
  • 疲労や体調の変化を伝えやすい雰囲気があるか
  • ミスや困り事を話したとき、すぐに責めていないか
  • 一人で抱え込まず、上司や専門職につなぐ仕組みがあるか

どれほど立派な安全マニュアルがあっても、困ったことを言い出せない職場では、その仕組みが十分に機能しないことがあります。

反対に、日頃から声をかけ合える職場では、小さな異変や問題を早い段階で共有できます。

職場の雰囲気が悪くなり、ミスの報告や声かけが減ってしまう危険については、次の記事でも詳しく書いています。

ミスを責めない職場が事故を防ぐ|元消防士が考える安全な職場の作り方

安全は設備・手順・心身の健康でつくられる

作業前の打ち合わせで安全事項を確認する職場の人たち

職場の安全を守るためには、安全な設備、分かりやすい作業手順、適切な教育が欠かせません。

それと同時に、働く人の疲労や心の状態、周囲とのコミュニケーションにも目を向ける必要があります。

「いつもと少し違うな」

そう感じたときにかける一言が、すぐに事故防止へ結びつくとは限りません。

それでも、その一言が、本人が悩みを話すきっかけになったり、休むきっかけになったり、職場全体で問題を見直すきっかけになったりすることがあります。

事故が起きたあとで、

「気になってはいたのですが」

と言うのではなく、気づいたときに声をかけられる職場でありたいものです。

今日も一日、ご安全に。

安全大会・安全衛生講演会を企画されている皆さまへ

私は32年間の消防士生活で、救急・救助・火災をはじめ、さまざまな事故や災害の現場に出動してきました。

安全大会や安全衛生講演会では、実際の現場体験をもとに、事故防止、心の健康、職場のコミュニケーション、チームワークについてお話ししています。

単に「注意しましょう」と呼びかけるのではなく、なぜ人は分かっていてもミスをするのか、声をかけ合える職場をどうつくるのかを、身近な事例やオリジナルソングの弾き語りを交えながらお伝えします。

過去の研修会では、参加者の方から、

「実際のいろいろな現場の話は印象に残りました。身近な人の悩みとか聞いてあげるようにしたいです」

という感想もいただきました。

安全大会、安全衛生大会、企業研修などをご検討の方は、講演案内をご覧ください。

労働衛生・安全大会講演のご案内

Explore

ほかのテーマ・内容から探す

⌃