敬語を使い、丁寧に説明したはずなのに、なぜか相手を怒らせてしまった。
そんな経験はないでしょうか。
同じ言葉でも、相手が元気なときと、不安や心配を抱えているときとでは、受け止め方が変わることがあります。
言葉遣いとしては間違っていなくても、
「私の気持ちを分かってもらえなかった」
「突き放されたように感じた」
と受け止められる場合があります。
介護の接遇で大切なのは、正しい敬語や礼儀だけではありません。
目の前の人が、今どのような不安や苦しさを抱えているのかを想像し、その人に届く言葉を選ぶ。
それも、接遇の大切な一部ではないかと思います。
介護職員の皆さんに、私が何を話せるだろう

2019年5月27日、鳥取県大山町の介護老人保健施設小谷苑で、職員研修会の講師を務めました。
ご依頼いただいたテーマは「接遇」です。
介護職員の皆さんは、日頃から利用者やご家族と接し、接遇について学んでおられます。
私は介護実務の専門家ではありません。
私の妻が以前、介護関係の仕事をしていたため、介護現場が多くの人の心と体を支える、社会に欠かせない仕事であることは聞いていました。
その一方で、介護の知識や技術については、現場で働く皆さんのほうが、はるかに多くの経験を持っておられます。
(そんな皆さんに、私は何をお話しできるだろう)
研修のご依頼をいただき、改めて考えました。
そこで、一般的なマナーや敬語の使い方を説明するのではなく、消防・救急現場で経験した対人対応や、心の弱った家族と接するなかで気づいた「言葉の届き方」についてお話しすることにしました。
消防と介護に共通していること
消防と介護は、仕事内容こそ違います。
しかし、社会に欠かせない仕事であり、人の命や生活を支え、多くの人との関わりのなかで心を使う仕事であることには、共通点があるように感じます。
消防士時代には、火災、救急、救助の現場だけでなく、消火訓練や避難訓練、予防査察などでも、地域の方と接する機会がありました。
救急や火災の現場では、大切な家族が大けがをしたり、命に関わる状況に置かれたりしています。
普段は冷静な方でも、強い不安や混乱から感情的になることがあります。
こちらは必要な処置や説明をしているつもりでも、相手には冷たく感じられることがあります。
逆に、相手の強い言葉に反応して、職員側の言葉も強くなってしまうことがあります。
どちらかに最初から悪意があったわけではないのに、ほんの少しの言葉の行き違いから、感情が大きくなってしまう。
消防現場では、そのような場面もありました。
丁寧な言葉でも、相手の心を傷つけることがある
消防時代、住民と職員の間で起きた行き違いについて、双方から話を聴く役目をすることがありました。
それぞれの話を聴いていくと、
「どちらが正しいか」
だけでは整理できない場合があります。
言葉を発した側には、相手を傷つけるつもりはなかった。
言葉遣いも、それほど乱暴ではなかった。
それでも、相手はその一言に強く傷ついていた。
会話を振り返ると、どの言葉から気持ちがすれ違い始めたのかが、見えてくることがありました。
私は消防局を早期退職した翌月から、毎週大阪へ通い、メンタルヘルスについて学びました。
また、心の病気を経験した家族や、講演活動のなかで出会った方々からも、言葉について多くのことを教えられました。
そこで感じたのは、私たちが普段何気なく使っている言葉でも、相手の心の状態によっては、大きな負担になることがあるということです。
励ますつもりが、苦しさを深めることもある
元気なときには励ましとして受け止められる言葉でも、心が弱っているときには、
「自分の苦しさを分かってもらえなかった」
「早く元気にならなければならない」
と感じさせてしまう場合があります。
助けるつもりでかけた言葉が、かえって相手を苦しめてしまうこともあります。
だからといって、何も話しかけてはいけないわけではありません。
大切なのは、すぐに正しい答えを伝えようとする前に、相手がどのような思いでその言葉を口にしたのかを聴くことだと思います。
同じ訴えを何度も聞くと、
「また同じことを言っている」
と感じることもあるでしょう。
しかし、繰り返される言葉の奥には、不安や寂しさ、分かってもらいたい気持ちが隠れているかもしれません。
そのすべてに完璧に応えることはできなくても、
「この人は、今どのような気持ちなのだろう」
と一度考えてみる。
それだけでも、かける言葉や表情が少し変わるのではないでしょうか。
接遇は「あなたの話を聴いています」という姿勢

今、私が接遇について考えるとき、正しい言葉遣いや笑顔だけでは十分ではないと思っています。
もちろん、挨拶や礼儀、分かりやすい説明は大切です。
そのうえで、
「あなたの話を聴こうとしています」
「あなたの不安を軽く扱っていません」
という姿勢が相手に伝わることが、接遇の土台になるのではないでしょうか。
言葉だけを整えても、心が相手から離れていれば、その距離は伝わってしまうことがあります。
反対に、すぐに答えが見つからなくても、相手の気持ちを知ろうとする姿勢が伝われば、それだけで心が少し落ち着く場合があります。
介護施設では、利用者だけでなく、ご家族との関わりもあります。
それぞれの立場や不安が違うからこそ、言葉の正しさだけでなく、言葉がどのように届いたかを考えることが大切なのだと思います。
人の話を聴くことについては、「笑って、笑って、そして泣いた」よなご傾聴しあわせの会講演会にも書いています。
支える職員の心も置き去りにしない
介護職員の皆さんは、日々、多くの人の心と生活を支えています。
利用者に寄り添う。
ご家族の不安を受け止める。
職員同士で連携する。
管理職は、利用者や家族、職員、それぞれの立場を考えながら判断しなければなりません。
人を支える仕事だからこそ、職員自身の心が疲れることもあると思います。
心に余裕がなくなると、普段なら受け流せる一言が強く刺さったり、相手の話を最後まで聴くことが難しくなったりします。
接遇をよくするためには、職員一人ひとりの努力だけでなく、支える側の人が自分の心を整えられることも大切ではないでしょうか。
研修後、理事の方から、
とにかく私自身も、石川さんのお話が聞きたいと強く思ってお願いしました。本当に心の元気をいただきました。
と言っていただきました。
そのご挨拶を聞きながら、職員の皆さんだけでなく、職場全体を支える管理職の方々にも、大きな心労があるのだと改めて感じました。
研修を依頼してくださった方にも、少し心を休めていただけたのなら、講師としてありがたいことです。
完璧な言葉より、相手を知ろうとする姿勢
介護の現場では、いつも十分な時間をかけて話を聴けるとは限りません。
忙しいなかで、すべての人に完璧な対応をすることも難しいと思います。
私自身も、いつも相手の気持ちをくみ取れるわけではありません。
あとになって、
「あの言い方でよかっただろうか」
と考えることがあります。
だからこそ、完璧な言葉を探すことより、
「この人は、今どのような気持ちなのだろう」
と、一度立ち止まって考えることが大切なのだと思います。
接遇とは、相手を特別扱いすることでも、自分の気持ちを押し殺すことでもありません。
相手の話を聴き、その人の不安や苦しさを軽く扱わないこと。
そして、支える職員自身の心も大切にすること。
介護老人保健施設小谷苑での研修を通して、私自身も改めて考えさせていただきました。
職員の皆さん、研修の機会をつくってくださった関係者の皆さん、本当にありがとうございました。
介護・福祉施設の職員研修を企画されている皆さまへ
介護・福祉施設の職員研修では、32年間の消防・救急現場で経験した対人対応や、家族の心の病気への対応経験をもとに、相手の心に届く言葉、傾聴、職員自身の心の健康についてお話ししています。
接遇マナーを一方的に教える研修ではなく、実際の体験や歌を交えながら、利用者、ご家族、職員同士の関わりを振り返る時間にしたいと考えています。
心の健康をテーマにした講演については、心の健康講演会の案内ページをご覧ください。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 行事名 | 介護老人保健施設小谷苑 職員研修会 |
| 日時 | 2019年5月27日(月) |
| テーマ | 接遇・相手の心に届く言葉 |
| 場所 | 鳥取県大山町・介護老人保健施設小谷苑 |
| 主催 | 介護老人保健施設小谷苑 |

