青年の革ジャンのファスナーが、途中で引っかかりました。
心臓マッサージをするため、胸元を開けようとしていたときです。
何かが入っている。
取り出してみると、布の袋に包まれた弁当でした。
寒い朝でした。それでも、弁当にはまだ温かさが残っていました。
青年は18歳か19歳くらい。路肩に倒れた大型バイクから遠く離れた畑で、心肺停止の状態で見つかりました。
私は救急車の中で胸骨圧迫を続けながら、先ほど手にした温かい弁当のことを考えていました。
その救急現場が、私に母へ感謝を伝えようと思わせるきっかけになりました。
畑の中に倒れていた若い男性
私がまだ若手救急隊員だった頃、大型バイクの単独事故に出動しました。
渋滞する車の間を縫うように救急車を走らせ、ようやく現場へ到着すると、道路の路肩に大型バイクが倒れていました。
ところが、運転していた人の姿がありません。
隊員3人で周囲を探すと、道路から離れた畑の中に、若い男性が倒れていました。
最初に発見した私がフルフェイスのヘルメットを外すと、まだ18歳か19歳くらいの青年でした。
心肺停止状態だったため、その場で心肺蘇生を始めました。
胸骨圧迫をするために分厚い革ジャンのファスナーを下ろそうとすると、途中で何かに引っかかりました。
胸元から取り出したのは、布の袋に入った弁当でした。
弁当には、まだ温かさが残っていました。
搬送中、青年の朝を勝手に想像していた
心肺蘇生を続けながら、救急車で病院へ向かいました。
私は汗だくで胸骨圧迫をしながら、青年のことを考えていました。
この青年は、どんな朝を過ごしてきたのだろう。
あの弁当は、誰かが早起きをして作ってくれたものではないだろうか。
「気をつけて行ってらっしゃい」
そんな言葉に送られて、いつものように家を出てきたのかもしれない。
事故に至るまでの青年の姿を、私は勝手に想像していました。
もちろん、それは私の頭の中で作り上げた物語です。
それでも、まだ温かい弁当を見ていると、青年の帰りを待っている人がいるように思えてなりませんでした。
そして、いつの間にか、私は青年のことではなく、自分の母のことを考えていました。
気がつけば、自分の親不孝を反省していた
私は子どもの頃から、母に心配ばかりかけてきました。
大人になってからも、母がしてくれたことを当たり前のように受け取っていました。
「ありがとう」と言うことはあっても、
「生んでくれてありがとう」
「育ててくれてありがとう」
そんな言葉を、きちんと伝えたことはありませんでした。
青年のことを考えていたはずなのに、気がつけば自分の親不孝を反省していました。
青年の胸元にあった温かい弁当から、自分が母にしてもらったこと、そして、自分が伝えてこなかったことへと考えがつながっていったのです。
後悔する前に、母に伝えよう。
「生んでくれてありがとう」と伝えよう。
その救急車の中で、私はそう決めました。
決心してから、伝えるまで何年もかかった
救急車の中では、確かに「伝えよう」と決めました。
ところが、実際に母を前にすると言えません。
あまりにも照れくさい。
「生んでくれてありがとう」なんて、芝居がかった言葉のようにも感じました。
今日こそ言おうと思いながら、言い出せないまま何年も過ぎました。
それでも、ようやく母に伝えることができました。
そのとき、年老いた母は嬉しそうに笑いました。
その笑顔は、今も覚えています。
伝えた直後よりも、時間がたつほど、心の中にほんわかとした幸せが広がっていきました。
その1年半後、母は亡くなりました。
母の笑顔を思い出すたびに、あの交通事故と、青年の革ジャンから出てきた温かい弁当を思い出します。
照れくさくても、母が元気なうちに伝えられて、本当によかったと思っています。
「ありがとう」は、母から父へ、そして子どもへ
母に「生んでくれてありがとう」と伝えた後日、私は父にも感謝を伝えました。
父に伝えたのは、
「育ててくれてありがとう」
という言葉でした。
母に伝えるだけでも何年もかかった私です。父に面と向かって感謝を伝えるのも、やはり照れくさいものでした。
それでも、言葉にして伝えました。
そして、幼かった息子たちの誕生日には、
「生まれてきてくれてありがとう」
と伝えるようになりました。
これも、別の交通事故現場で経験したことがきっかけでした。
母には、生んでくれたことへの感謝。
父には、育ててくれたことへの感謝。
子どもには、生まれてきてくれたことへの感謝。
振り返ると私は、消防・救急現場で命のはかなさを目の当たりにするたび、心の中にしまっていた思いを、言葉にして伝えることの大切さを教えられてきました。
思っているだけでは、相手には届かないことがあります。
少しくらい照れくさくても、格好のよい言葉にならなくても、伝えられるうちに伝えておきたい。
今は、そう思っています。
子どもに「生まれてきてくれてありがとう」と伝えるきっかけになった交通事故については、こちらの記事に書いています。
講演を聞く人は、それぞれの「大切な人」を思い浮かべる
この救急現場の話と、母に「生んでくれてありがとう」と伝えた経験は、中学生や高校生だけでなく、地域の人権講演会などでもお話ししています。
私が伝えたいのは、全員が同じ言葉を、同じ相手に伝えなければならないということではありません。
私にとって、その相手が母であり、伝えたかった言葉が「生んでくれてありがとう」でした。
講演を聞く方は、それぞれ自分の立場に置き換えて受け止めてくださいます。
親のことを思い浮かべる人。
夫や妻、子どもの顔を思い浮かべる人。
家族ではなく、これまで自分を支えてくれた人を思い出す人もいます。
すでにご両親を亡くされた方から、「お墓参りに行って、感謝を伝えました」と知らせていただいたこともあります。
亡くなったあとでも、伝えられる感謝があるのだと、その方から私も教えていただきました。
大切なのは、「生んでくれてありがとう」という言葉を、そのまま口にすることではありません。
自分にとって大切な人は誰なのか。
その人に、まだ伝えていない思いはないだろうか。
私の体験が、そんなことを考えるきっかけになればと思ってお話ししています。
この体験を短い動画でもお話ししています
この救急現場で感じたことと、母へ感謝を伝えた経験を、Instagramのリール動画でもお話ししています。
文章とは少し違う、声の温度でも受け取っていただけたらと思います。
命、家族、感謝を講演で伝えています
人権講演会、学校講演、地域住民を対象とした講演などで、消防・救急現場の体験とオリジナルソングを通して、命、家族、感謝、思いを言葉にして伝えることについてお話ししています。
聞いてくださる方が、それぞれの大切な人を思い浮かべる時間になるような講演を届けたいと思っています。

