「あれっ、今日はどうしたのかな。二人からメールが来たわ」
心の病気になり、沈みがちだった妻が、久しぶりに明るい声を出しました。
メールを送ってきたのは、離れて暮らす二人の息子でした。
息子たちが家を離れて
私には、二人の息子がいます。
高校を卒業すると、二人とも都会へ出て行きました。
親としては息子たちの顔が見られなくなり、寂しくてしかたがありませんでした。しかし、青春真っただ中の彼らは、そんな親の気持ちを知る由もなく、自分たちが足を踏み入れた新しい世界に夢中だったのでしょう。
こちらからメールを送っても、ほとんど返信はありません。たまに電話をしても、めったに出ませんでした。
妻にだけ届くメールも、たいていは、
「ピンチ! お金送って」
という一行メールでした。
私が学生だった頃には、携帯電話どころか、自動車電話さえ話題にのぼらない時代でした。
たとえ当時、携帯電話があったとしても、私も両親と頻繁に話すことはなかったでしょう。
男の子なんて、たいていはそんなものだと、私は最初から諦めていました。
妻にかける言葉が見つからなかった
息子たちが家を離れ、夫婦二人の生活になってしばらくした頃、妻は心の病気になりました。
「眠れない」
「食欲がない」
「手が震える」
そう訴えるようになり、心療内科へ通うようになりました。
そばにいる夫として、何とか力になりたいと思いました。
けれども、私がどんな言葉をかけても、妻の心は晴れません。夫の存在なんて、こんなに力がないものかと、自分でも落胆するほどでした。
何とか元気にしたいと思うのに、何をすればよいのか分からない。
そんな日が続きました。
妻の調子があまりに悪いとき、少しでも気分を変えられないかと思い、息子たちにメールを送りました。
「お母さんの調子が悪いみたいだから、なんでもいいからメールしてやって」
すると、あれほど音沙汰のなかった二人から、妻のもとへ近況を知らせるメールが届きました。
「あれっ、今日はどうしたのかな。二人からメールが来たわ」
妻の明るい声を聞き、私は少しほっとしました。
その後も、妻の調子が悪いときには息子たちへメールを送り、二人から妻へ連絡してもらうことが何度かありました。
親も子どもに支えられる
かつて、「お父さんを尊敬している」と言ってくれた息子たちは、そんな万能に見えた父親が、自分たちを頼るほど困っていることに驚いたに違いありません。
母親を口やかましく思い、ぞんざいに対応していたのも、いつも元気で優しい存在であり続けてくれている、という思いがあったからでしょう。
幼い頃と変わることなく、親は自分たちよりずっと揺るぎない大きな存在だと思っていたのかもしれません。
けれども、親も年を取り、病気になり、誰かの助けを必要とすることがあります。
親が子どもを支えるだけではなく、親が成長した子どもに支えられる日も来るのです。
あの頃、夫である私がいくら言葉をかけても届かなかった妻の心に、息子たちの短いメールが明るさを運んでくれました。
家族の誰か一人が、すべてを背負わなくてもよいのだと思います。自分だけではどうにもできないときには、家族に助けを求めることも、家族を支える一つの方法なのかもしれません。
少しずつ変わっていく家族
年に一、二度帰省する息子たちは、そのたびに、少しずつ年老いていく親の姿を目にすることになります。
その代わりに私たちは、少しずつ強く、優しくなっていく子どもたちの姿を見ることができます。
親が子どもを守り、子どもが親に守られる。
そんな関係がいつまでも続くわけではありません。
年月とともに、支える人と支えられる人が入れ替わりながら、家族の歴史は続いていくのだと思います。
息子たちの成長をしみじみとうれしく思います。
それでも、
「そうおめおめと簡単に年老いてたまるか!」
という父親の意地だけは、とことん忘れないつもりです。
あくまで予定ではありますが。
(新聞の月一コラムに掲載されたエッセイをもとに、加筆・再構成しました)

