明るくふるまいながら、心の中は苦しかった―あの経験を今、講演で話している

消防士時代の石川の写真

かつての私は、消防署では常に明るい性格で通っていました。
冗談を言って場を和ませ、後輩たちからも「元気ですね」と言われる存在。

しかし実際には、心の中で大きな苦しみを抱えていました。
うつ病で苦しむ妻のことを思うと、胸が締め付けられ、職場だけは明るくふるまっていなければ自分まで壊れてしまいそうでした。

「私なんか生きている意味がない」

夜勤中の仮眠室で見た、妻からのメッセージ。その言葉は目に焼き付き、今でも忘れることができません。

その後、私は消防局を早期退職し講演家として活動しています。

かつて妻を支えることもできず、自分自身も消えてしまいそうだった経験を、今では多くの方々にお話しし、感謝の言葉をいただけるようになりました。

もしあなたが今、困難な状況の中にいるとしても、その経験はいつの日か、必ず誰かの力になります。

目次

署への道のりで現実に引き戻された

救急車内から見る夜の町

救急出動の指令が入れば、過酷な現場作業に全神経を集中させる。

交通事故現場で汗だくになりながら油圧拡張機などを使って作業を進め、つぶれた車両から負傷者を救出する。

体力も神経も消耗する現場活動でしたが、苦しかった日常生活から、その間だけは逃れられました。

負傷者のバイタルを確認しながら救急車へ収容。

そんなハードな現場が、自分が生きていることの唯一の証明であるように思えました。

活動を終え、消防署へ戻る車内。街の明かりが目に入ると、一気に現実へと引き戻されます。

「今、妻は一人で家で何をしているだろう」
辛そうな表情を浮かべる妻の姿が脳裏に浮かび、胸が苦しくなりました。

妻がうつ病と診断された時の衝撃。 当時は一般向けのうつ病に関する情報が少なく、専門的な医学書しか見つかりませんでした。

妻の笑顔は消え、会話も少しずつ減っていきました。
いつも耳には、妻の深いため息が聞こえていました。

職場ではジョークを言っては笑いを取っていましたが、この悩みを誰にも打ち明けられませんでした。
弱い部分を見せることへの躊躇と、同じような悩みを抱えている者はいないだろうと思っていました。

ポジティブに考えれば解決する、という単純な話ではありません。
ポジティブでいようとする努力が、よけいに心を苦しくしました。
ただ、自分の心が崩壊しないよう、外では笑顔を作り続けていました。

携帯を見つめる男性

仮眠中に受信した妻からのショートメール。

「苦しい、目がまわる。どうしていいのかわからない。お父さん、助けて」

その夜も眠れずに眉間に苦しそうなシワをよせて、息苦しそうにしながらメールを打ったのでしょう。

「私なんか生きている意味がない」

ガラケーをたたんでも、その文字列は網膜から消えませんでした。

自分たちの人生って、いったい何だったんだろう。
笑ったり泣いたりしながら二人の息子を育て上げ、夫婦二人だけの生活になった矢先のことでした。

つき合い始めた二十歳の頃の妻の笑顔が、暗闇に浮かびました。
私のジョークに笑う妻の顔。

なんでこんなことになってしまったんだろう。
何度振り返っても、何も解決しないのに、いろんな出来事をクヨクヨと思い出していました。

表面上は笑顔でも、心には常に重い鉛のような感覚がありました。

時間が運んできた本物の笑顔

笑顔で話す夫婦

妻が再び笑えるようになるまで、長い年月を要しました。

しかしその時間は、決して無意味ではありませんでした。
二人で笑い合える時間の尊さを、深く理解できるようになったのです。

時間が止まったかのように重かった日常が、ゆっくりと進みはじめました。

やがて、32年間務めた消防職を離れる決断をしました。

妻の健康が回復してくれたことで、無理に笑顔を作る必要はなくなりました。

ただ今度は、別の理由で笑顔でいたいと思うようになりました。

妻との心のつながりを深めるため。
これから出会う人々と、心を通わせるため。

※妻の心の病気との関わりについて「プロフィール」にも書いています。

経験を講演という形で届ける活動

石川の講演を聴いて涙する参加者

現在、学校、企業、行政機関、福祉関連施設など、多様な場所で講演をさせていただいています。

講演では、消防士として32年間で経験した様々なエピソードをお話しします。
命に関わる現場での学び、極限状態での意思決定、仲間との信頼関係。

そして同時に、家族の精神疾患にどう対応すべきか悩み、試行錯誤しながら学んでいった体験も、重要なテーマとして扱っています。

「うつ病を防ぐために、何ができたのか」
「心を病んだ家族への接し方で、本当に必要なことは何だったのか」
「自分自身を守るには、どうすればよかったのか」

当時は答えが見つかりませんでした。

しかし現在は、実際の家族体験と、後に学んだ心理学の知識を組み合わせて、お伝えできます。

こうした接し方の本質は、特殊なスキルではなく、普段の人間関係や、子どもとの関わりにも応用できる普遍的なものだと分かりました。

手探りで歩んできた道のりが、今では同じような悩みを持つ方々の助けになっていることを実感しています。

多彩なテーマでの講演活動

高知県大豊町での講演風景

私がお話しするテーマは、メンタルヘルスだけではありません。

人権に関する講演では、消防の現場で関わった多様な人々から学んだ、他者を尊重する姿勢、現場で感じた「人間が本来持っている生きようとする力」についてお伝えします。

自殺予防の講演では、身近な人が苦しんでいる時、家族や友人としてどう寄り添うべきか。
自損行為(自分を意図的に傷つけてしまう行為)の救急現場で、肌で感じた言葉の重要性など、現場体験と私自身の経験を織り交ぜながらお話します。

安全大会では、安全管理についてだけではなく、過酷な環境でも折れないメンタルの育て方と、健康維持の実践的な方法をお話しします。

子育てに関する講演会では、消防現場で体験した自損行為現場での活動経験と、私たち家族の実際の経験から得た学びを共有しています。
精神的に苦しむ家族との向き合い方で学んだことは、子育てや日常の人間関係にも深く関わっていることに気づきました。

出口の見えない暗いトンネルをさまよった夫婦の経験が、今では多くの方の希望となっていることを、アンケートの感想文で知らされました。
あの苦しみがあったからこそ、聴いてくださる方の心を軽くし、一歩前に進むきっかけとなれることが、今では私のライフワークとなっています。

講演の後、目に涙を浮かべながら「気持ちが楽になりました」「救われた気がします」「ありのままの自分でいいと思えました」と言ってくださる方に、背中を押されながら、これからももっと多くの方に講演を聞いていただくために全国どこへでも出かけていきます。

講演は、心を共有する時間

石川の講演が終わったあと参加者と談笑する風景

講演とは、講師が一方的に話すものではなく、参加される方々と共に考え、心で共有する体験だと考えています。

もしあなたが今、苦しい状況にあるとしても、過去に辛い経験をしてきたとしても、その痛みは無駄になることはありません。 その体験は、必ずいつか、誰かを救う力へと変わります。

今はそれが見えなくても大丈夫です。時が経った時、あなたが通り抜けてきた暗いトンネルの経験が、同じ道を歩む誰かにとっての希望の灯りとなります。

人生で経験した痛みも喜びも、全てが誰かへの贈り物となる。

私はそう確信し、これからも語り続けていきます。

講演のご依頼やお問い合わせは、こちらのフォームからお気軽にご連絡ください。

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