日常生活の中で、走行中の救急車や消防車を目にすることはよくあると思います。しかし、現場で活動する消防隊員や救急隊員の心理は、なかなか知る機会がないのではないでしょうか。
現役消防官は、訓練指導で避難方法について話したり、救急救命講習で説明したりすることはあっても、どんな思いで活動したかについては話しません。それが仕事だから当然だという思いがあるからです。
しかし、あまり知られていないこともあります。消防官には、燃え盛る炎に放水しながら向かって行ったり、時間と戦いながら応急措置を行ったりしていますが、ほかにも戦うことがあります。
それは「無力感」との戦いです。
全力で救出しても命を救えなかったとき、苦しいほどの無力感を味わいます。
現場に到着した時点で、すでにどうにもならない状態であったとしても、やはり無力感を感じます。
もちろん、その感じ方には個人差があると思いますが、消防官なら誰もが経験する感情であることには間違いありません。
時には、遺体にとりすがって泣く家族の声に、自分が責められているような気持ちになることもあります。誰のせいでもないのに、です。
非番日には日常生活へ戻り、無力感から脱し、体力的にも精神的にも回復すればいいのですが、時には無力感が自責感へと変わることもあります。
表には出さないものの、当番日の出動で受けたショックから、なかなか立ち直れない時期を経験した職員も多いと思います。
私が感じるのは、消防職員に限らず、優しくて責任感が強く、真面目な人ほどそんな傾向があるのではないか、ということです。
「あなたの責任じゃないんだよ」と人から言われても、他人の不幸を、自分の悲しみや苦しみのように感じ、責任を感じてしまう人が多いと感じます。人の痛みがわからない心は問題ですが、過剰に感じ過ぎてしまうのも、また問題です。仕事の忙しさで体力的に弱っている場合はなおさらです。
業種を問わず、年々メンタル不調者が増加していて、労働安全衛生法の改正により、いよいよ来月一日からストレスチェックの義務化が施行されます。
消防官、警察官、自衛官と同様に、あなたの存在に救われ、守られている人が必ずいるはずです。
そして、何より、あなた自身があなたにとって大切な存在です。
あなたが壊れたり、不安や苦しさに悩まされたりしないように、無力感や自責感をゆっくり脱ぎ捨てるために、個人としてのメンタルチェックもお薦めしたいと思います。
(新聞の月一コラムに掲載されたエッセイです)