あなたには、「自分の弱さだ」と思っていることはありませんか?
感情移入しすぎる。 気にしすぎる。 傷つきやすい。 人の痛みを自分ごとのように感じてしまう。
「もっとタフであれば」
「もっとドライになれれば」
そう思いながら、ずっと自分の性格を責めてきた人は、 少なくないのではないでしょうか。
かつての私も、そうでした。
32年間、ずっとコンプレックスだったこと

消防士として現場に出ると、さまざまな場面に遭遇します。 交通事故、火災、急病。 時には、どう頑張っても助けられない命もあります。
他の消防士たちは、どんな現場でも冷静に、動揺ひとつしないでプロとして活動していました。
でも私は、現場の凄惨な光景にショックを受けたり、非番の日になってもその光景が頭を離れないことがありました。
助けられなかった命、苦しみの表情、悲しみに暮れる家族の姿、そんな記憶をずっと引きずることもありました。
当時は、 「プロの消防士が、現場でショックを受けてるようじゃその資格はないぞ!」 上司にそう言われる時代でした。
メンタルケアなんて言葉も、当時はほとんど知られておらず、どんなにショックを受けてもそれを表に出すまいと必死でした。
現場活動が終わってから、
「ひどい現場だったなぁ」
と同僚と話しあうこともあり、私ほどではないにしろ、表情を曇らせる者もいました。
しかし中には、表情ひとつ変えず、淡々と活動をする同僚もいました。
「落ち着き」というより、そもそもあまり感情が波立つことがないのだ、と本人も語っていました。
人それぞれ性格は違うものです。
それにしても私は、ショックも受けるし、メンタル回復力も弱いのだと自覚するようになりました。
「自分は消防士に向いていないんじゃないか」
心の中で、何度もそう思いました。
マップを何枚も描きながら、脱サラを考えた

50歳が近づいてきた頃から、 漠然と「このままでいいのか」という問いが頭から離れなくなりました。
講演活動をやりたい。 ずっとそんな思いがありました。
でも、踏み出せない。
なんとか一歩を踏み出したいという思いで、都市部で開催されるセミナーでマインドマップを学びました。
読書記録、人生計画、いろんなことをマップ化するようになりました。
脱サラするために、まずは自分の今までの人生を描いてみようと思いました。
何枚も、何枚も描きました。
旅先でも、夜中でも、思い立てばマップを描いては、眺めていました。
マップの描き方も、マインドマップの基本からだんだん自分流になり、いつでもどこでも簡単に描けるようになりました。
机にノートやクロッキーブックを開いて描き、外出時には手帳に描きました。
「こんなマップを何枚も描いて、何かが変わるのだろうか」
と、疑心暗鬼になることも何度もありました。
それでも、描くたびに少しずつ、自分の中の何かが整理されていくような感覚がありました。
マップを眺めて気づいたこと

自分の半生を描いたマップを、ある日あらためて俯瞰してみた時のことです。
ふと、こう思いました。
「あれは弱さじゃなく、深く感じる力だったんじゃないか」
現場で感情が揺れたのは、 相手の苦しみや悲しみが、痛いほどわかったからじゃないか。
それは「メンタルが弱い」のではなく、 他者の感情に深く共感できる力だったんじゃないか。
マップの上で、そのことに気づいた時、 長い間、自分の中に居座っていた「コンプレックス」が、 少し違って見え始めました。
その「弱さ」が、現場で実際に役立っていた

振り返ってみると、 その「弱さ」が力になっていた場面が、確かにありました。
たとえば、後輩への言葉。
現場でショックを受けたことを、恥ずかしそうに私に話した後輩がいました。
昔の自分と重なって見えました。
「君は弱いんじゃない。深く感じる力があるんだ」
そう言えたのは、自分が同じ苦しみを経験していたからでした。
同じ体験をしていたから、彼がどんなふうに感じて、どんなふうに苦しかったかがわかり、そんな言葉をかけることができたのだ、とあらためて気づきました。
火災原因調査での出来事
家を焼失した方への聞き取り調査は、とても難しいものです。
失意の底にいる人に、事務的に、矢継ぎ早に質問をぶつける職員もいました。
それが相手の感情を刺激して、大きなトラブルに発展したケースも見てきました。
私は、自宅を火災で失った経験はないにしろ、茫然自失の相手の辛さを想像することはできました。
もしそれが自分だったらどんな思いになるのかを考えましたから、まずは相手の話を傾聴することができました。
結果的には、必要な情報をスムーズに、確実に聞き出すことができました。
退職の日、母に感謝が伝えられた
これは、現場での体験から派生した話です。
ある朝、バイクの単独事故で亡くなった若い男性の現場に出動しました。
革ジャンの胸元に、まだ温かい弁当が入っていた。
それを見て、きっとお母さんが作ったものだろうと思いました。
救急車の中で、心臓マッサージをしながら、自分の母のことも考えました。
「自分こそ、母に感謝を伝えなきゃ」
その気づきから何年も経ちましたが、なかなか実行できませんでした。
ようやく言えたのは、消防局を退職した日のことでした。
「生んでくれてありがとう」
母は、その1年半後に他界しました。
「ああもしてあげればよかった」「こうもできたんではないか」と、後悔は残るものの、あの時ありがとうを伝えていなかったら、今も自分を責めていたことでしょう。
それも、目の前の青年に感情移入する性格だったおかげだと気づきました。
こちらのブログに詳しいことを描いています。「生んでくれてありがとう」と伝えたくなったきっかけは交通事故
あなたの「弱さ」も、もしかしたら

感情移入しやすい人は、相手の細かい変化に気づける。
傷つきやすい人は、他者の痛みに共感できる。
気にしすぎる人は、丁寧に物事を考えることができる。
諦めが悪い人は、粘り強さを持っている。
欠点だと思っていたものが、 視点を変えると全く別のものに見えることがあります。
もちろん、すべてが簡単に「強み」に変わるわけではありません。
私も、マップを何枚も描いて、 時間をかけてようやく気づけたことでした。
それでも、一つだけ言えることがあります。
自分の弱さだと思い込んでいたものが、 ある場面では、誰よりも力を発揮できることがある。
そのことに気づけるかどうか、 それが、生きがいを見つける上でとても大切な問いだと感じています。
マップを書き続けるうちに、思いが固まっていった

脱サラを考え始めてから、実際に退職するまでに4年かかりました。
何枚も描き重ねたマップを見返すうち、 「感情が揺れやすい自分」「現場の光景を引きずる自分」の性格が、 実は講演活動の核心だと気づいていきました。
輝かしい現場活動の話ではなく、 自分の感情がどう揺れたか。
何に苦しんで、どう乗り越えたか。
それを伝えられるのは、自分しかいない。
描いたマップの数が増えるほど、 その確信が少しずつ、しっかりと根を張っていきました。
「考えていた」が「確信した」に変わった時、 ようやく退職届を出す気持ちになれた気がします。
弱さを宝に変える最初の一歩

マップを描いて自分の人生を俯瞰する作業は、難しいものではありません。
一枚の紙とペンを用意して、まずは 「自分の弱さだと思っていること」を書き出してみてください。
そして、その横に一つだけ問いを添えてみてください。
「この弱さが、誰かの役に立てた場面はなかっただろうか?」
「マイナスだと思っていた体験が、誰かの役に立たないだろうか?」
すぐには答えが出ないかもしれません。 それでいいんです。
マップはいろんな用途に利用できますが、自分の半生のマップでを描くことは、答えを出すためではなく、 気づきを呼び込むための作業だと、私は思っています。
じっくり時間をかけて、自分の人生を俯瞰してみると、 「あの弱さが、ここにつながっていたのか」と 思える場面が、きっと見つかります。
「弱さ」は、もしかしたら、まだ気づいていない宝の原石かもしれません。
実はいま、この「自分のストーリーをマップで考えていく」という方法を、 Udemy講座としてまとめられないかと考えています。
まだ形にはなっていませんが、 もし興味を持っていただけた方がいれば、続報をお待ちいただけたら嬉しいです。





