「今日は暑いですね」
春先のそんなあいさつが交わされる季節に、もう熱中症で救急搬送される人が出ています。
テレビのニュースでも、春の熱中症が話題に上がるようになりました。
毎年、夏に開催される安全大会の講演で「熱中症についても話してください」というご要望をいただきます。
建設現場や工場で働く方にとって、業務中の熱中症は労働災害にもなりかねません。
ご本人だけの問題ではなく、周囲の仲間や会社全体にかかわる重大な問題です。
この記事では、32年間消防士として救急隊員を務めてきた経験から、春の熱中症がなぜ怖いのか、そして現場でどう命を守るかについてお伝えします。
「大丈夫」が一番怖い言葉

救急隊として、たくさんの熱中症の方を搬送してきました。
その中で忘れられないことがあります。
救急車内のストレッチャーに横たわって、さっきまで自分の症状についてはっきりと話していた方が、病院に到着するまでに意識を失ったことがあります。
搬送される方のほとんどが、こうおっしゃっていました。
「救急車は大げさだと断ったんですよ。大丈夫だからって言うのに」
この「大丈夫」が、実は一番怖い言葉だったのです。
熱中症は、ある瞬間を境に、一気に重篤化することがあります。
「ちょっとフラッとしただけ」が、数分後には意識消失につながる。
これが、私が現場で何度も目の当たりにしてきた熱中症の怖さでした。
なぜ「春」が危ないのか

真夏であれば「今日は暑いから気をつけよう」と誰もが思います。
ところが春は、気温が25度を超えた程度では「まだ平気だろう」と感じてしまう。
ここに落とし穴があります。
春の体は、まだ暑さに慣れていません。
汗をかいて体温を下げる機能が十分に働いていないのです。
つまり、同じ気温でも春のほうが熱中症になりやすい。
建設現場では、ヘルメットや安全帯、長袖の作業着を着用しているので、体から熱が逃げにくくなっています。
足場の上や屋根の上は照り返しもあり、体感温度はさらに上がります。
工場や製造現場でも、機械からの排熱で室温が上がり、防塵マスクなどの保護具をつけていると呼吸も浅くなりがちです。
そして、ここが一番伝えたいことなのですが、
熱中症の前段階として、集中力の低下や判断力の低下が起こります。
現場で集中力が落ちたらどうなるか。
事故が起きます。
熱中症そのもので倒れる前に、判断ミスから重大事故につながる。
これが、現場で働く方にとっての熱中症の本当の怖さなのです。
心の状態と事故の関係については、こちらの記事でも詳しくお伝えしています。
心の健康づくりで災害ゼロ
「水分補給はしていました」

私が救急搬送した方の中に、こう答える方がけっこういました。
「水分補給はちゃんとしていました」
よくよく聞いてみると、水やお茶だけを飲んでいた。
汗と一緒に塩分やミネラルが失われているのに、それを補給していなかったのです。
水だけでは足りません。
スポーツドリンクや経口補水液で、塩分やミネラルも一緒に補給する必要があります。
現場で心がけていただきたいのは、こんなことです。
- 水やお茶だけでなく、スポーツドリンクや経口補水液を飲む
- 休憩所に塩飴や塩タブレットを常備しておく
- 一気飲みではなく、15〜20分おきに少しずつこまめに飲む
- 朝食を抜かない(朝食を抜くと、水分も塩分も不足した状態で仕事が始まる)
仕事に集中していると、喉の渇きに気づきにくくなります。
これは、搬送してきた方々に共通していたことでした。
喉が渇いてから飲むのでは、もう遅い。
だからこそ、時間を決めて飲むことが大事なのです。
曇りの日に熱中症患者をピストン輸送

消防士の頃、地元の大きなマラソン大会で救護班に配備されたことがあります。
その大会とは、「名探偵コナン」で有名な漫画家・青山剛昌先生の出身地で、今も毎年開催されている「すいかながいもマラソン」です。
3種目のコースがあり、その一つが「コナンコース」と名付けられています。
その日は曇りで、気温もそれほど高くありませんでした。
「今日は救急搬送することもなさそうだ」と同僚の救急隊員と話し合っていました。
ところが、次々に熱中症で倒れる人が出て、救急車は病院へのピストン輸送。
待機していた医師や看護師さんは大忙し。
救護テントには、たくさんのランナーが横たわり、点滴を受けていました。
原因は湿度でした。
曇りの日は湿度が高くなりやすく、汗が蒸発しにくい。
体の熱が逃げないのです。
晴天だった年より、はるかに多くの熱中症患者が出ました。
気温だけを見て安心していると、足元をすくわれます。
現場では、気温だけでなくWBGT(暑さ指数)を確認する習慣をつけてください。
WBGTとは、気温・湿度・輻射熱(日差しや地面からの照り返しなど)を総合して「体がどれくらい熱を受けているか」を表す指標です。
気温がそれほど高くなくても、湿度が高ければWBGTは上がります。
まさに、あの曇りのマラソン大会のような状況です。
環境省の「熱中症予防情報サイト」で地域ごとの予測値を確認できますし、現場用のWBGT計も市販されています。
特に、曇りの日や雨上がりの日は湿度が高くなりやすいので要注意です。
「声かけ」が命を救う

熱中症の初期症状には、めまいや立ちくらみ、頭痛、吐き気、こむら返りなどがあります。
しかし、その前段階として、
- ボーッとしている
- 受け答えがいつもと違う
- 手元がおぼつかない
こうした変化が現れることがあります。
問題は、自分ではなかなか気づけないということです。
「ちょっと疲れただけだ」「もうひと踏ん張りだ」と、無理をしてしまう。
だからこそ、周りの人の「声かけ」が大切になります。
朝のKY(危険予知)活動で、「今日は暑くなるから、お互いの様子を見よう」と一言入れるだけでいいのです。
「大丈夫か?」のひと声が、命を救います。
熱中症が疑われるときの応急処置

もし周りの方に熱中症の症状が疑われたら、すぐに対応してください。
- 涼しい場所に移動させる(日陰や冷房の効いた室内へ)
- 衣服をゆるめる(ヘルメットや安全帯も外す)
- 水分と塩分を補給する(経口補水液などで。自分で飲めるか確認)
- 体を冷やす(首筋、脇の下、太ももの付け根に冷たいペットボトルを当てる)
そして、
自分で水が飲めない、受け答えがおかしいときは、ためらわず救急車を呼んでください。
救急車を呼ぶのは大げさだとか、現場を止めたくないとか、そういう気持ちはわかります。
でも、搬送中に意識を失った方を、私は何人も見てきました。
「呼ばなかったこと」を後悔するほうが、はるかに辛いものです。
大事をとってください。
前日の過ごし方も「安全管理」

睡眠不足は体力低下や免疫力の低下を招き、熱中症のリスクを高めます。
前の日に深酒をした、夜更かしをした。
そんな状態で現場に出れば、一気にリスクが跳ね上がります。
前日の過ごし方も、立派な安全管理のうちなのです。
逆に、春の今のうちから適度な運動で汗をかいておくと、暑さに対する体の順応が進み、夏場の熱中症予防にもつながります。
ただし、無理な運動やハードワークで疲労を残してしまっては逆効果です。
あくまで「適度」を心がけましょう。
体調に不安があるときは、正直に申告してください。
「体調が悪いのに無理して出た」は、決して美徳ではありません。
睡眠不足と労災事故の関係については、こちらの記事もあわせてお読みください。
→ 睡眠不足が招く労災事故~眠りの質が命を守る
まとめ

熱中症で亡くなられた方のほとんどが、「まだ大丈夫だ」と思っていました。
今日の話で、ひとつだけ覚えていただきたいことがあります。
「まだ大丈夫」と思ったときが、一番危ないとき。
今日から、現場で隣の人に「大丈夫か?」と声をかけてください。
ちょっとおかしいなと感じたら、遠慮せず伝えてください。
皆さんが元気に家に帰ること。
それが、何よりの安全です。
春だからこそ、今のうちから備えておきましょう。





