「こんなにつらいのに、なぜ涙が出ないんだろう」
悲しいことがあっても、苦しいことがあっても、大人になると人前ではなかなか泣けないものです。
「しっかりしなければならない」
「弱いところを見せてはいけない」
「泣いても何も解決しない」
そう考えて、涙をこらえている人もいるでしょう。
私は消防士として、多くの事故や災害、救急の現場に出動してきました。しかし、どれほど悲惨な現場に立ち会っても、その場で泣くことはできませんでした。
消防士なのだから、冷静でいなければならない。
感情を表に出してはいけない。
いつの間にか、そう思い込んでいたのです。
そんな経験をしてきた私が、今伝えたいことがあります。
泣けるときは、泣いていい。
そして、もう一つ。
泣けないときは、誰かに話していいのです。
泣きたいときは泣いてもいい

泣くことは、弱さではありません。
悲しいとき、悔しいとき、不安なとき。私たちの心には、さまざまな感情が生まれます。
その感情を無理に押し込め続ける必要はありません。涙が自然に出てくるなら、無理に止めなくてもいいのです。
ただし、泣けば必ず気持ちが楽になるわけではありません。
泣いた直後には、かえって悲しみが強くなることもあります。その一方で、時間がたってから少し気持ちが落ち着く人もいます。
泣いた後の感じ方は、その人の状態や置かれている状況、周囲の人の反応などによって異なると考えられています。
ですから、泣くことを我慢する必要はありませんが、無理に泣こうとする必要もありません。
涙が出ないからといって、感情がないわけでも、心が弱いわけでもないのです。
救えなかった命の前で、それでも泣けなかった

消防士として働いていた頃、私は数多くの救助現場に出動しました。
ある交通事故の現場では、複数の車が重なるようにして大きく壊れていました。車内に取り残された人を助けるため、隊員たちは必死で救助活動を続けました。
現場では、ご家族の声が聞こえてきました。
「消防さん、お願いです。なんとかしてください! 助けてやってください!」
「お母さん、がんばって! がんばって! 返事してぇ!」
その声を聞きながら、私たちは懸命に救助活動を続けました。
しかし、どうしても救えない命がありました。
もっと早く助けられなかったのか。
ほかに方法はなかったのか。
救助活動が終わっても、さまざまな思いが心の中に残ります。
それでも私は、泣きませんでした。
泣いてはいけないと思っていたのかもしれません。あるいは、緊張が続いていて、泣くことさえできなかったのかもしれません。
「消防職員が惨事ストレスになるのはおかしい」

阪神・淡路大震災の後、悲惨な災害現場で活動する消防職員の心のケアについて、少しずつ知られるようになりました。
私が勤務していた消防本部でも、惨事ストレスについて学ぶ機会が設けられました。
ところが、その場で上司がこのようなことを言いました。
「まぁ、どんな現場だろうと消防職員が惨事ストレスになること自体がおかしいことだ。そんな奴には消防職員としての資格がない」
私は、その言葉に強い憤りを感じました。
消防士であっても、一人の人間です。
悲惨な現場を目にすれば、心が傷つくことがあります。救えなかった命を思い、苦しくなることもあります。
しかし、当時の消防組織には上司に反論しにくい空気がありました。私は何も言えず、自分の中に気持ちを押し込めました。
あの言葉によって、
「つらいと感じてはいけない」
「苦しいと言ってはいけない」
「消防士なら耐えなければならない」
という思いが、さらに強くなったように思います。
退職してから気づいた「本当は泣きたかった」
消防を早期退職してから、私は少しずつ自分の心を振り返るようになりました。
そして、ようやく気づいたのです。
「そうか、あのとき自分は、本当は泣きたかったんだ」
「誰かに胸の内を聞いてもらいたかったんだ」
救えなかった悔しさ。
ご家族の声に応えられなかった無力感。
悲惨な現場を見た恐怖。
それでも平静を装わなければならなかった苦しさ。
それらを、私は長い間、自分の中に閉じ込めていました。
泣くことだけが、心を軽くする方法ではありません。
誰かに話すこと。
弱音を吐くこと。
「つらかった」と言葉にすること。
それだけでも、心に抱えている重さを少しずつ外に出すことができます。
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今では映画を見ても泣いてしまいます
消防士として働いていた頃の私は、感情を表に出さないことが強さだと思っていたのかもしれません。
ところが、今では映画やテレビを見て、よく泣くようになりました。
特に子どもが出てくる話には弱く、ティッシュを手にしながら、涙を流しています。
単に、おじいちゃんになって涙もろくなっただけかもしれません。
それでも、昔のように、
「泣いてはいけない」
「こんなことで泣くなんて情けない」
とは思わなくなりました。
悲しいときに涙が出る。
うれしいときに涙が出る。
誰かの思いに触れて涙が出る。
それは、人の心が自然に動いているということではないでしょうか。
泣けるときは泣いていい。泣けないときは話していい
つらいときには、泣いてもいいのです。
人前で泣くのが難しければ、一人になれる場所で泣いてもかまいません。
しかし、涙が出ないからといって、自分を責めないでください。
悲しみがあまりにも深いと、涙さえ出なくなることがあります。気持ちを言葉にできないこともあります。
そんなときは、無理に泣こうとしなくてもいいのです。
まずは、
「今、少しつらい」
「誰かに聞いてほしい」
「自分でも、どうしたらいいのか分からない」
と、信頼できる人に伝えてみてください。
うまく話せなくてもかまいません。話の順序がまとまっていなくても大丈夫です。
必要なのは、立派な説明ではありません。
心の中にあるものを、一人だけで抱え込まないことです。
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つらさが続くときは、専門家に相談してください
泣いたり、誰かに話したりすることで、気持ちが少し落ち着くことはあります。
しかし、深い悲しみや苦しさが長く続いている場合、涙だけで解決しようとする必要はありません。
眠れない。
食欲がない。
何をしても楽しめない。
仕事や日常生活に支障が出ている。
自分を責める気持ちが強くなっている。
そのような状態が続くときは、医療機関や専門の相談窓口を頼ってください。
相談することは、弱さではありません。自分の心と命を守るための大切な行動です。
相談先を探している方は、厚生労働省「こころの耳」相談窓口もご覧ください。
心の健康を守るために伝えていること
私は心の健康講演会で、消防・救急現場で感情を抱え込んできた経験を交えながら、
- 心の疲れに気づくこと
- 弱音を吐くこと
- 誰かに話すこと
- 周囲の人の話を否定せずに聴くこと
の大切さをお伝えしています。
心が苦しいときに、「もっと頑張れ」と言われても、頑張れないことがあります。
そんなときに必要なのは、正しい答えや立派な助言ではなく、ただ話を聴いてくれる人なのかもしれません。
泣けるときは、泣いていい。
泣けないときは、話していい。
そして、身近な人だけでは抱えきれないときには、専門家を頼っていいのです。
心の健康やストレスとの向き合い方をテーマにした講演をご検討の方は、心の健康講演会のページをご覧ください。
講演内容や開催方法については、ご要望に応じて相談を承っています。

