32年間消防士として活動してきた経験を、安全衛生大会でお話をさせていただいています。
消防士として労働災害現場で活動した経験をお話しますが、それだけではなく、常に命の危険と隣合わせの状態で活動していましたので、消防士自身の安全管理についても話しています。
過酷な現場の状況によっては、安全が危機にさらされるという経験もしました。
さらに、消防士自身の心身の健康状態によっても、安全が左右されることも経験しました。
労災現場でも、怪我を負った人がメンタル不調であったケースも経験しました。
2024年6月21日の「株式会社 高野組 第38回安全衛生大会」で講演をやらせていただきました。
その講演内容の心の健康と安全意識の重要性について、消防士の視点からお話したいと思います。
なぜ安全大会で救急現場の話をするのか
様々な業種の安全大会でお話をしますが、それぞれの会社で安全についての研修は行われ、特有の事故事例についても学習されています。
労災事故で救急や救助で駆けつけて活動する消防士の視点から、安全についての話をすることで、新たな気づきを得ていただくことができるのではないかと考えました。
それも単なる「事故事例集」や統計の数字ではなく、事故現場で見たリアルな現実を伝えることで、安全の尊さや、事故の恐ろしさを強く認識していただきたいという思いで、実際の体験をお話しています。
「慣れ」と「油断」に危険がひそんでいる
どんな業種でも同じだと思いますが、消防でも経験は大きな財産です。
消防隊、救急隊、救助隊の活動も、隊長の指揮下で行われます。
豊富な知識と経験があってこそ、的確な指揮命令が下せます。
一方、ベテランになればなるほど、自分の経験や知識を過信し、安全に対する意識が低下してしまう危険性が伴います。
「今まで大丈夫だったから、このくらいなら大丈夫だろう」
という油断に繋がる恐れがあります。
「基本」を忘れる、あるいはあえて省略することで、大きな事故を引き起こす危険があります。
建設現場や土木現場での作業も、とても細かい安全基準が定められています。
「基本」が身についていれば、想定外な事態にも対処できるのですが、慌てると基本を忘れがちになります。
それだけではなく、身体能力の高い人が高所作業などで、能力を過信するあまりに「基本」を忘れて大胆な行動を取り、大きな事故に至った実例もあります。
高所作業だけではなく、消防士3人と警察官1人が亡くなったという痛ましい事故がありました。
2020年7月5日出火したレック株式会社 静岡第2工場の火災です。
消防局の調査委員会の検証で、以下の事実がわかりました。
- 脱出用ロープが装着されていなかった
- 2台の空気呼吸器を4人で共有していた
脱出用ロープとは、消防隊員、救助隊員が屋内進入して活動する時に、足に結索するロープのことです。
火災になるとブレーカーが作動し、電気を遮断してしまうので、昼間でも大きな工場の内部は暗くなります。さらに火災の濃煙が立ちこめたら、ヘッドランプの明かりではまったく視界がきかなくなります。
そんな時でも、ロープを引いて脱出経路をたどることができたり、要救助者の発見を室外にいる隊員に知らせることができます。
つまり、文字通り命綱となるロープが装着されていなかったわけです。
現場の状況がわからないので簡単には断じることはできませんが、空気呼吸が人数分なかったというのも、普通であれば考えられないことです。
私がかつて所属していた地方の消防でも、建物火災の場合は、よっぽど小さな部分焼火災であれば別ですが、基本的に空気呼吸器を背負って活動を開始します。
調査委員会は、消防局の活動要領が徹底されていなかった可能性があると指摘されています。
これは他人事のように簡単にスルーできない事実です。
どんな業種であっても「基本」を忘れる、「基本」をあえてやらないという状況があり得るのではないかと思います。
日頃から、「慣れ」と「油断」に気をつけ、「基本」を押さえながら業務を進めて行きましょう。
安全には心身の健康が必要
「基本」を忘れる、あえてやらないのは、自身の能力を過信する場合だけではなく、自分でも気づかず結果的にそうなってしまう場合もあります。
それは心身の健康状態に問題がある場合です。
体の健康状態に異常がある場合の安全面の問題は想像がつきますが、かつては意外に問題にされなかったのは心の健康問題です。
私が消防士だった頃は、肉体的な病気や怪我についての研修会は、ひんぱんに医師を講師に招いて開催されていました。
ところが、メンタルヘルス的な面についての研修会はまるでありませんでした。
そんな時期に出動した労災事故現場でわかった事は、メンタル不調が原因での事故が多かったということです。
労災事故現場で救急隊や救助隊として活動しますが、原因調査もやりました。
考え事をしていてベルトコンベアーに手を挟まれた
悩み事があって、丸鋸で手を負傷してしまった
いろんなケースがありましたが、考え事・心配事・悩み事があったり、不眠などのメンタル不調があると、自己コントロール能力が低下し、自分の感情や行動のコントロールができなくなることがあります。
他にも、
- 視野が狭まる
- 集中力の欠如
- 判断力の低下
- 意欲の減退
- 疲労の蓄積
- 反応速度の低下
など、自己の原因となりうる状態になります。
定期的なメンタルチェック以外にも、日々蓄積するストレスを有効に発散していくことがとても重要となります。
安全衛生大会で話したメンタルヘルスが安全に及ぼす影響についてこちらにも書いています。
「安全」への取り組みは地味だが一番大切なもの
心の健康とチームワーク
心の健康を保つためのストレス発散方法に「人と話す」ということがあります。
職場では、同僚と話すことでチームワークも強くなり、同時に自分自身のメンタルヘルスにも効果があります。
消防の例ですが、惨事ストレス対策についてよく話し合いの場が持たれました。
自然災害のあった被災地での活動や、大事故の救助活動などで、心に大きな傷を受けるいわゆる「惨事ストレス」の対策の中には、人と話すことが盛り込まれています。
ストレス管理教育やカウンセリングなどの必要性に加えて、
デブリーフィング(事後分析会議)
(救助活動後にチームで集まり、経験や感情を共有することで、心理的負担を軽減)
ピアサポート
(同僚や同じ経験を持つ仲間が互いに支え合う支援の仕組み 共感や理解を共有することで、孤立感を減らす)
などの取り組みが勧められています。
同じ環境で同じ体験を共有した者同士が話しあうことで、
「こんなにつらい思いをしたのは自分だけじゃないんだ」
「感情が不安定になるのは自分だけじゃなくて、自然な事なんだ」
と思えることで、孤立感がなくなり、支え合うことでよりチームワークが強化されて、メンタルの回復も早くなると言われています。
実際に、大災害で活動した後の救助隊員が集まって、本音で話し合う場を持ったそうです。
お互いに泣きながら、
「自分だけが消防士らしくなく、いつまでも悲しんでいるのだと思っていたけど、悲しむのは当たり前のことなんだ」
「月日が経っても忘れられなくて苦しい思いをしていたのは、自分だけではなかったんだ」
とわかったことで、気持ちが楽になり、仕事への意欲も回復したそうです。
普段から、ちょっとしたことで声を掛け合ったり、悩みを話すことが、心の健康やチームワークにはとても大切だということがよくわかります。
まとめ
心身の健康が安全の基本です。自分自身の健康管理を徹底し、異常を感じたら早めに対処することを心掛けましょう。
「自分だけは大丈夫」という過信は捨てましょう。
事故は誰にでも起こりうるという意識を持ち、常に危険を予測し、安全対策を徹底しましょう。
声かけや確認を徹底し、チーム全体で安全意識を高め合いましょう。
最後に、32年間勤務した消防の現場活動で学んだことをお伝えしたいと思います。
「現場から無事に帰ることが、 職場の繁栄と家族の幸せ」
この日の講演でも、歌を交え、職場と家庭の平和の大切さをお伝えしました。
安全大会では珍しいのですが、講演終了後に歌のアンコールをいただきました。
ご安全に!
項 目 | 内 容 |
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タイトル | 株式会社 高野組 第38回安全衛生大会 |
日 時 | 2024年6月21日(金) |
演 題 | 救急現場から学ぶ心の健康と安全意識 |
場 所 | 鳥取県湯梨浜町はわい長瀬 ハワイアロハホール |