不安で押しつぶされそうになったり、なんでこんな失敗ばかりやってしまったんだろうと自分を責めたり、自信をなくして心が苦しいときが、誰にでもあります。
誰にも話せず、自分の心にかくしていると、世界で自分だけがひとりぽっちでいるような気持ちにおちいるとき、
こんな気持ちになるなんて、自分にはこの仕事は向いていないんだ。
そんなふうに落ち込んでいた時期がありました。
勝手に思いこまずに、親しい同僚に話してみればよかったのですが、当時の私にはそれができませんでした。
しかし、たまたま同僚も同じような思いを持っていたことを知り、重かった心がスーッと軽くなった経験があります。
心の中のモヤモヤや胸の中の重苦しさなどネガティブな感情も、誰かと共感しあうことで楽になるだけではなく、気持ちが前向きになるものなのだと知りました。
仕事のことだけではなく、日常生活においても同じで、苦しい気持ち、悲しい気持ち、不安な気持ちを、誰かに聞いてもらうことで、共感しあうことで、気持ちが変わります。
「自分には向いていない」と思い込んでいた

私は消防士として20年以上勤務し、救急隊員も経験しました。
消防士になって10年目くらいの頃、救急の現場にはかなりの件数出動していました。
救急には、いろんなケースがあるんですね。
交通事故だって、3重4重衝突事故となると、さすがにパニックになりそうになりますが、1週間も2週間も落ちこみが続くなんてことはありませんでした。
私が一番メンタルにこたえたのは、亡くなった子どもや、大ケガをした子どもの救急搬送でした。
とくに、自分の子どもができてからは、よけいにその傾向は強くなりました。
救急隊員として、どんな現場でも冷静に対処しなければならないことは、よくわかっているんですが、感情はなかなか思い通りにはなってくれません。
搬送中も、搬送したあとも、勤務が終わった非番の日でも、そんな思いがつづくことがありました。
自分は消防士には向いていないのかもしれない。
そんなことを思いつづけていました。
一緒に出動した隊員は、まったく動揺する気配も見せずに、いつもどおりに活動していました。
消防士としてはそんなメンタルであるべきなのに、自分は動揺し、落ちこみつづけていたんです。
そんな感情は恥ずべきものだと思い、誰にも話すことなく、時間経過で薄らいでくれるのを待っていただけでした。
これは消防士に限った話ではないと思います。
営業職で大きなミスをして、「自分には営業は向いていない」と落ち込んだ経験のある方。
介護の仕事で、利用者さんとの関わりに心が疲れてしまった方。
教師として、生徒にうまく向き合えず、自信を失ってしまった方。
事務職で、周囲のペースについていけず、「自分だけができていない」と感じた方。
どんな仕事であっても、「自分にはこの仕事は向いていないんじゃないか」 と思った経験は、きっとあるのではないでしょうか。
そして、そう感じている自分を恥ずかしいと思い、誰にも打ち明けられずにいる。
あなたも、そんな経験がありませんか。
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自分だけではなかったんだ

そんな思いが180度変わったことがありました。
交通事故で亡くなった幼い男の子を病院に収容して、署に帰る救急車内でのことです。
ふだんだと、病院から引きあげると、緊張から解放された気持ちになり、雑談しながら帰署するのですが、そのときばかりは違っていました。
私は、我慢しようとしても涙が流れおちるので、他の隊員に見られないように、こっそりと涙をふいていました。
誰もしゃべらない不自然な静けさの中、車窓を過ぎる町の灯りを眺めるふりをしていると、鼻水をすする音がきこえました。
振り向いてみると、後輩の隊員が泣いていました。
思わず、私も抑えていた感情が爆発するように、涙を流しました。
「あれはキツかったね」
そう私がいうと、運転していた先輩が口をひらきました。
「俺、涙が止まらんわ」
3人とも泣いていたことがわかると、隠すこともなく泣きました。
自分だけではなく、同じように感じていた人がいたことが、こんなにありがたくて、気持ちが楽になるんだと思いました。
そのあとは、どんなにあの子がかわいそうだったか、どんなに気持ちが苦しいかを話しながら署に帰りました。
あの日、もし誰もしゃべらないまま帰っていたら、3人ともそれぞれが「自分だけが弱いんだ」と思い込んでいたかもしれません。
たった一言、「あれはキツかったね」 と口にしたことで、お互いの心が開きました。
心の傷は、特別な職業だけの話ではない

ここで少し、「惨事ストレス」 という言葉について触れたいと思います。
惨事ストレスとは、つらい出来事に直面したり目撃したりしたときに起こる心の反応のことです。
もともとは、災害現場で活動する消防士や自衛隊員、警察官のメンタルヘルスの問題として注目されました。
大災害で活動した多くの職員がメンタルを病み、うつになった人、職場を去った人がたくさんあり、自殺未遂をした人までいたことで、消防庁も惨事ストレス対策の研究チームを発足した時期がありました。
しかし、研究が進むにつれて、この問題は消防士や自衛隊員だけのものではないことがわかってきました。
惨事ストレスの影響を受ける人は、段階的に広がっていきます。
災害や事故の直接の被害者だけではなく、その家族や遺族。
直接の被害を受けていなくても、惨事を目撃して心に傷を負った人。
さらには、報道を通じて衝撃を受けた一般の人々。
医師、看護師、教師、保育士、カウンセラー、一般の公務員、報道関係者、災害ボランティア。
惨事ストレスの影響を受ける可能性がある人の範囲は、今ではとても広くとらえられています。
アメリカの9.11同時多発テロのあと、全米の一般家庭に電話調査をしたところ、一般市民の90%になんらかのストレス反応があったそうです。
現場にいなくても、テレビの映像を見ただけで、心に大きな影響を受けていたということです。
今の時代は、インターネットやSNSで衝撃的な映像や情報に触れる機会が増えました。
そうした映像を繰り返し目にすることで生じるストレスも、惨事ストレスの枠の中でとらえられるようになっています。
つまり、惨事ストレスはもはや特別な職業に就いている人だけの問題ではなく、誰にでも起こりうること なんですね。
「自分だけが弱い」と思い込まないで

消防の世界には、つらい出来事のあとに、一緒に活動した仲間が集まって話し合う場を設ける仕組みがあります。
自衛隊でも、一緒に活動した隊員が集まる場をつくり、話しあったそうです。一人が話し出すと、他の隊員も涙を流しながらつぎつぎに話しました。
あのとき現場で一瞬フリーズして動揺したけど、自分だけじゃなかったんだ
非番になってもあの光景が忘れられずに涙が流れたけど、みんなもそうだったんだ
自分ひとりではなく、誰もが同じような思いをしていたことがわかって、気持ちが楽になったそうです。
話しあったあと、そのチームは以前より結束が強くなったそうです。
東日本大震災のあと、被災した消防職員を対象に「活動中に力づけられたこと、心の支えになったこと」を調査した結果があります。
1位は「家族からのメールや電話で励まされた」。
2位は「一緒に活動している仲間と他愛もない会話をよくした」。
3位は「同僚と励ましあった」。
過酷な現場を乗り越える支えになったのは、特別なカウンセリングや専門的な治療ではなく、家族や仲間との何気ない会話だったのです。
これは、どんな職場でも、どんな日常でも同じことだと思います。
職場でプレッシャーに押しつぶされそうになっている人。
「自分だけがつらい」と思い込んでいる人。
「弱音を吐いたら、周りにどう思われるだろう」と怖くなっている人。
実は、隣の席の同僚も、同じように苦しんでいるかもしれません。
あなたが「実はしんどいんだ」と打ち明けたとき、相手が「実は自分も…」と口にしてくれることがあります。
そのとき心がフッと軽くなる感覚は、経験した人にしかわからないものだと思います。
心が壊れる前に話そう

「惨事ストレス」 という言葉を使いましたが、大きな災害にあわなければ関係ない、というわけではありませんよね。
大切な人を失うことも、仕事で追い詰められることも、人間関係でどうしようもなく疲れることも、本人にとっては 「惨事」 です。
ひとつ気をつけたいことがあります。
「もっと大変な人がいるんだから、自分は我慢しなきゃ」
そう思ってしまうこと、ありませんか。
惨事ストレスの研究では、これを 「下方比較」 と呼ぶそうです。
自分より不幸な人と比べて、「自分は悲しんではいけない」と感情にフタをしてしまう。
東日本大震災のとき、被災地で活動した消防職員の多くが、住民の前では自分たちの悲しみやストレスを表に出さないようにしていたそうです。
「住民のほうが大変なのだから、自分たちが弱音を吐くわけにはいかない」と。
でも、感情にフタをしつづけた結果、心を壊してしまった人がたくさんいました。
これは消防職員に限らず、誰にでも起こることです。
職場で自分より忙しそうな同僚を見て、「自分のつらさなんて大したことない」と我慢する。
家庭で家族の苦労を見て、「自分が弱音を吐くのは申し訳ない」と黙る。
でも、あなたが感じている苦しさは、あなた自身のものです。
誰かと比べて小さいとか大きいとか、そういう問題ではないんですよね。
グチをこぼすのは悪いことだ
ネガティブなことを話すと嫌われる
心が苦しくてしかたないときは、そんなことにとらわれる必要はないんです。
出来事があってその感情が生まれたのですから、その感情を否定する必要はないんですよね。
関連記事: 心が疲れたときに必要なのは弱音とグチ。
善悪の問題ではなくて、つらい思いが長びいて心が壊れないように、誰かと話すことが大事だということですね。
惨事ストレスの研究の中に、もうひとつ大事なことが書かれていました。
「外傷後成長」 という言葉です。
つらい体験をした人のうち、3割から7割の人に、その後の成長が見られるそうです。
しかも、つらい体験が大きいほど、成長も大きくなることが確認されているといいます。
ただし、これは他人から「つらい経験があったから成長できたね」と押しつけられる言葉ではありません。
自分自身が、いつか振り返ったときに、「あの経験があったから今の自分がある」と感じられるものだと思います。
つらい思いを誰かに打ち明けて心を軽くしながら、少しずつ前に進んでいく。
その先に、つらかった体験が自分の力になっていると気づく日が来るかもしれません。
もし今、あなたがひとりで苦しい思いを抱えているなら、信頼できる誰かに話してみてください。
「こんなこと話していいのかな」と迷ったら、それこそが話すべきサインかもしれません。
弱さを見せることは、恥ずかしいことではありません。
あなたの心が、誰かと話したがっているのだと思います。
私自身も、親しい人のつらい思いをしっかりと聞いて共感できる存在でありたいと思っています。
関連記事:
※『惨事ストレスとは何か ―救援者の心を守るために』松井豊 著(河出書房新社、2019年)





