都会でも田舎でも、どんどん一人住まいの高齢者世帯が増えています。
一人住まいの高齢者でも暮らし方はまちまちで、孤独に閉じこもって暮らす人もいれば、地域の中で役割を担い生き生きと過ごしている高齢者もいます。
私が消防士をやっていた頃、春季・秋季の火災予防運動期間になると、住宅防火診断や火の元点検などで一人住まいの高齢者家庭を訪問していました。
訪問先の中には、心を閉ざして取り付く島もないような態度の高齢者もいました。
それでも、相手の言葉に耳を傾けていくと、しだいに心を開いてくれて、しっかりとこちらの話しを受け止めてくれました。
地域社会でも、孤独に暮らす高齢者が多くなる一方ですが、そんな高齢者と接する機会があれば、最初の応対の印象だけで相手を決めつけずにまずはじっくり話を聞いてみましょう。
そんな傾聴の力を感じた経験についてお話したいと思います。
「火事で死んだって誰も気にかけちゃくれないよ」
一人住まいの高齢者といっても、もちろん個性はまちまちです。
消防官の制服を着て訪問すると、お話好きな人は大喜びで招き入れてくれます。
中には「年寄扱いなんかしてもらいたくないよ!」と、玄関払いする人もいました。
玄関から中を覗いただけでも、住んでいる環境に大きな違いがありました。 掃除が行き届いてとてもきれいなお宅もあれば、こんな言い方は失礼ですがゴミ屋敷に近い状態のお宅もありました。
そんなふうに散らかり放題の家に住んでいる高齢者女性の元を訪れました。
来意を告げると、とても嫌そうな表情になったんですが、なんとか説得して部屋に上げてもらいました。
さっそく台所を見せてもらうと、ガステーブルの周囲に食品の包装紙や食器が何層にも積み上げられていました。
「ガステーブルの周囲には物を置かないようにしてください。危ないですよ。調理器具からの出火するケースが多いですからね」
「火事で死んだって、私のことなんか誰も気にかけちゃくれないよ」 と吐き捨てるように言いました。
高齢者で心配なのは調理時の着衣着火もあり、こちらに記事も参考にしてください。
おうちごはんが多くなると気をつけたい着衣着火の危険
孤独な長い月日を過ごしたおばあちゃん
なんとか会話がしたくて、いろいろと話しかけますが、事務的な返事ばかりでした。
息子家族がいるが、都会に住んでいてめったに帰って来ないということはわかりました。
「親を一人でほったらかしても、平気な親不孝な息子だよ」
ポツリとそう言いました。
「帰りたくても、仕事が忙しくてなかなか帰って来れないんじゃないですか」
「盆も正月も、会社は休みだろうよ」
プライバシーに関わることなので、親子関係を詳しく聞くことはできません。
息子を非難がましく言ってしまうのも、部屋に物が散乱しているも、孤独な歳月を長く過ごしたせいではないかと思いました。
息子が親元を離れて都会で暮らし、何年も何年も経過してうちに、しだいに心を閉ざすようになってしまったのではないかと推察しました。
心を閉ざしてしまったためか、近所付き合いもほとんどないようでした。
寂しさは人の心を頑なにする
古新聞や、脱ぎ捨てた衣類が散らかった居間のタンスの上に写真立てがありました。
写真には孫らしき子供とおばあちゃんの姿がありました。
「お孫さんですか?」と聞くと、「ああ」とそっけない返事。
「お二人ともいい笑顔ですね。僕もおばあちゃん子だったんで、こんな写真みると思い出します」
「近くにいるのかい?」
「もうずっと前に亡くなってるんですが、今でも会いたいって思ってます」
「いいおばあちゃんだったんだね」
「お孫さん、可愛いでしょう」
「そりゃ可愛いさ。息子が連れて帰って来ないけどね」
「それは寂しいですね。お孫さんも会いたいでしょうに」
「たまに電話をかけてくれるんだよ」 おばあちゃんは、やっと笑顔になってくれた。
「大きくなったら、一人でも会いに来てくれますよ」
「そうなったら嬉しいね」
「だから、火災にならないように、健康にも気をつけて長生きしましょう」
泣きながら見送ってくれたおばあちゃん
あんなに無愛想だったおばあちゃんは、時間経過とともに心を開いてくれて、ガステーブルの周囲も少しずつ片付けていくと約束をしてくれ、ました。
おばあちゃんが心を閉ざすまでには、いろんなことがあったのでしょう。
たまに出会った人が、ちゃんと耳を傾けてくれることがあれば、それだけで気持ちが楽になって、素直に自分の心を表現できたのかもしれません。
辛いことや、不安なことがあっても、誰かに話すこともなく、ただ一人の時間を黙々と過ごしていれば、誰だって心を閉ざしたくなります。
お暇する時、玄関の外まで出て見送ってくれました。
振り返ると、服の袖で目尻の涙をぬぐっているのが見えました。
その姿を見て、こちらの胸も熱くなりました。
「あなたに生きていて欲しい」
心からそう思いました。
亡くなった祖母の事を 思い出しながら、おばあちゃんに手を振った。