「ありがとう」は伝えて終わりではない|鳥取市倫理法人会で講話

交通事故現場でエアーバッグが出た状態の運転席

私は母に、

「産んでくれてありがとう」

父に、

「育ててくれてありがとう」

と伝えたことがあります。

面と向かって言うのは照れくさく、少し勇気が必要でした。

それでも、言葉にして伝えることができたとき、長い間抱えていた宿題を一つ終えたような気持ちになっていたのかもしれません。

しかし、母が亡くなったあと、私の心には後悔も残りました。

感謝は、一度言葉にすれば終わるものではなかった。

何度でも伝え、日々の接し方や行動で表し続けるものだったのではないか。

2020年1月9日、鳥取市倫理法人会のモーニングセミナーで、その気づきについてお話ししました。

目次

感謝を伝えるきっかけになった交通事故

消防士時代、朝の通勤時間帯に発生した交通事故へ出動しました。

事故を起こしたのは、若い女性でした。

意識のない娘さんを救急車へ収容し、後ろを走っていたお父さんにも同乗していただいて、病院へ向かいました。

お父さんは、意識を失った娘さんを呆然と見つめていました。

病院へ収容したあとも、娘さんを前にして言葉を失ったように立っていたお父さんの姿が、私の心に残りました。

事故から数か月後、病院から届いた予後調査票で、その女性が亡くなったことを知りました。

消防士として数多くの事故現場へ出動するなかで、時間とともに記憶が薄れていった現場もあります。

しかし、年月がたった今も、ふとしたときに、あの日のお父さんの姿を思い出します。

あの事故がなければ、娘さんはどのような人生を歩んでおられたのだろう。

あの日、娘さんを見つめていたお父さんは、その後、どのような思いで暮らしてこられたのだろう。

そう考えることがあります。

この交通事故が、私に家族へ感謝を伝えようと思わせた大きなきっかけの一つになりました。

このときのことは、救急現場で見つけた温かい弁当|母に「生んでくれてありがとう」と伝えるまでにも書いています。

「伝えられた」という安堵と、残った後悔

私たちは、身近な人ほど「分かってくれている」と思いがちです。

妻や子ども、両親に対して、

「大切に思っている」

「ありがとう」

という気持ちがあっても、わざわざ口にしなくても伝わっていると思ってしまいます。

しかし、救急現場では、昨日まで続いていた日常が、突然途切れてしまう場面がありました。

伝えたいことを、いつでも伝えられるとは限りません。

そんな思いから、私は両親や妻、子どもたちに、感謝を言葉で伝えるようになりました。

母が亡くなる1年半ほど前には、

「産んでくれてありがとう」

と、正面から伝えることができました。

伝えられたことは、今も私の慰めになっています。

一方で、母が亡くなってみると、

「もっと会いに行けばよかった」

「もっと話を聞けばよかった」

「自分の生活に追われて、できることを後回しにしていたのではないか」

という思いも残りました。

感謝を言葉にできた安堵と、もっとできることがあったのではないかという後悔。

その二つの気持ちが、今も私のなかにあります。

感謝は一度伝えて終わりではなかった

鳥取市倫理法人会モーニングセミナーで歌う石川達之

当時、倫理法人会のモーニングセミナーで、さまざまな方の話を聞くなかで、一つのことに気づきました。

それは、感謝は一度伝えたら終わりではない、ということです。

「ありがとう」と言葉にする。

会いに行く。

電話をかける。

相手の話を聞く。

必要としていることを考え、自分にできることを行動に移す。

感謝の表し方は、一つではありません。

もし私が、母に感謝を伝えた時点で「これで宿題は終わった」と思わず、感謝し続けようと考えていたら、もっと違う形で思いを表せたかもしれません。

過ぎた時間を戻すことはできません。

それでも、この後悔があったからこそ、今そばにいる大切な人には、言葉と行動の両方で感謝を伝えていきたいと思うようになりました。

父に「育ててくれてありがとう」と伝えたあとも、関係はそこで終わったわけではありません。

その後も関わりを続けるなかで、父との関係は以前よりよくなりました。

私の息子たち家族も、子どもを連れて父に会いに行ってくれています。

感謝は、立派な言葉を一度伝えることよりも、こうした日々の関わりのなかに表れるものなのかもしれません。

鳥取市倫理法人会で3回目の講話

2020年1月9日、鳥取市倫理法人会のモーニングセミナーで、3回目の講話をさせていただきました。

演題は、「生と死の交差点で学んだ『伝えること』の大切さ」です。

消防・救急現場で命と向き合うなかで感じたこと。

家族に感謝を伝えようと思ったきっかけ。

母を亡くしてから気づいた、感謝を伝え続けることの大切さ。

自分の悩みや迷いも含めて、お話ししました。

鳥取市倫理法人会では、前年にも「人を生かす言葉の力」をテーマに講話をさせていただいています。

そのときの様子は、鳥取市倫理法人会で講話「人を生かす言葉の力」に書いています。

「いなくなるなら」を歌いながら

鳥取市倫理法人会モーニングセミナー終了後の記念撮影

講話の最後には、オリジナルソング「いなくなるなら」を歌いました。

この曲を作ったとき、1番の歌詞を考えながら歌っていると、涙が流れました。

いつもは1番ができたあと、2番、3番の歌詞に悩みます。

ところがこの曲は、続きの歌詞が自然に浮かび、あっという間に完成しました。

この日の会場では、歌を聴きながら、肩を小刻みに震わせて涙をこらえている方の姿がありました。

その姿を見ながら、それぞれが自分の大切な人を思い浮かべておられるのかもしれない、と私は感じました。

話として聞くだけでは、自分のことに重ねにくい場合があります。

けれど、歌を聴いていると、家族の顔や、もう会えなくなった人の姿が自然に浮かぶことがあります。

私が講演に歌を取り入れているのは、言葉だけでは届きにくい思いを、それぞれの心のなかで受け止めていただきたいからです。

今日、もう一度「ありがとう」を

大切な人に感謝を伝えることは、一度だけの特別な行事ではありません。

以前に伝えたから、もう十分というものでもないと思います。

今日、もう一度「ありがとう」と言う。

電話をかける。

会いに行く。

相手の話を聞く。

忙しいときに、少しだけ手を止めて顔を見る。

感謝は、そんな日々の小さな行動のなかにあるのではないでしょうか。

私自身も、立派なことができているわけではありません。

自分の生活に追われ、後回しにしてしまうこともあります。

だからこそ、ときどき立ち止まり、

「今、大切な人にできることはないだろうか」

と考え続けたいと思っています。

伝えられるうちに、伝える。

そして、伝えて終わりにせず、感謝し続ける。

鳥取市倫理法人会の皆さんの前でお話ししながら、私自身も改めて心に刻んだことでした。

お聴きくださった皆さん、本当にありがとうございました。

命や家族、感謝をテーマにした講演を企画されている皆さまへ

講演では、32年間の消防・救急現場での体験や家族との出来事をもとに、命の大切さ、感謝を言葉と行動で表すこと、人と人とのつながりについてお話ししています。

オリジナルソングのギター弾き語りも交えながら、知識を伝えるだけでなく、自分の家族や身近な人を静かに振り返る時間にしたいと考えています。

項目内容
行事名鳥取市倫理法人会モーニングセミナー
日時2020年1月9日(木)
演題生と死の交差点で学んだ「伝えること」の大切さ
内容消防・救急現場、家族への感謝、オリジナルソング「いなくなるなら」

倫理法人会で行ったほかの講話についても紹介しています。

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