家族に「ありがとう」と伝えていますか。
そう聞かれて、
「感謝はしているけれど、面と向かって言うのは恥ずかしい」
と思う方も多いのではないでしょうか。
私もそうでした。
消防・救急現場で、家族との日常が突然失われる場面を何度も経験し、伝えられるうちに感謝を伝えなければならないと思うようになりました。
それでも、自分の母に、
「生んでくれてありがとう」
と伝えるまでには、何年もかかりました。
感謝していなかったからではありません。
大切な相手だからこそ、改まって言葉にするのが照れくさかったのです。
感謝していても、言葉にできるとは限らない

家族は、いつも身近にいる存在です。
毎日顔を合わせ、一緒に食事をして、何気ない話をする。
そんな日常が続いていると、家族がそばにいることも、何かをしてくれることも、いつの間にか当たり前になってしまいます。
「ありがとう」と思っていても、
「今さら、何を言い出したのかと思われそうだ」
「言わなくても分かっているだろう」
そんな気持ちが先に立ち、なかなか口にできません。
私の場合は、若い男性が心肺停止となった交通事故現場で、まだ温かい弁当を見つけたことが、母への感謝を考えるきっかけになりました。
救急車の中で、
「母に、生んでくれてありがとうと伝えよう」
と決めました。
ところが、母を目の前にすると言えません。
あまりにも照れくさい。
決心してから実際に伝えるまで、何年もかかってしまいました。
それでも、母が元気なうちに伝えることができました。
その1年半後、母は亡くなりました。
間に合ってよかった。
今でも、そう思っています。
この救急現場と母へ感謝を伝えたときのことは、こちらの記事に詳しく書いています。
救急現場で見つけた温かい弁当|母に「生んでくれてありがとう」と伝えるまで
講演後、「ありがとうを伝えました」という感想が届く

中学生や高校生を対象に講演すると、後日、学校から生徒たちの感想文を送っていただくことがあります。
講演では、消防・救急現場で経験したことや、私自身が家族へ感謝を伝えるようになったきっかけについてお話ししています。
感想文の中には、講演を聞いたあと、両親に「ありがとう」と伝えたと書いてくれる生徒がいます。
面と向かって伝えた生徒もいれば、直接言うのは恥ずかしいので、手紙を書いて渡した生徒もいました。
メールで送ったという生徒もいます。
今はまだ恥ずかしくて言えないけれど、高校を卒業し、県外の学校へ進学するまでには伝えたいと書いてくれた生徒もいました。
すぐに言えなくてもいいのだと思います。
感謝の伝え方も、伝えられるようになるまでの時間も、人によって違います。
大切な人に伝えたいと思ったこと。
その気持ちを、自分の中で大事にしていること。
それも、感謝を伝えるための一歩ではないでしょうか。
中学生に、命の大切さと「思いは言葉にして伝えること」をお話しした人権講演会について、こちらの記事で紹介しています。
中学校の人権講演会|元消防士が伝えた言葉の力
「今度は少しくらい、ハグさせてあげよう」

島根県内の高校で講演したあとに届いた感想文の中に、今も心に残っているものがあります。
その生徒は、スポーツに取り組むため、県外から島根県へ来て寮生活をしていました。
休みを終えて学校へ戻るときには、いつもお父さんが空港まで車で送ってくれるそうです。
別れ際、お父さんはこう言います。
「もし何かが起こったら、もう会えないかもしれないから、ハグさせてくれ」
それに対する生徒の返事は、
「いやだぁ、キモい!」
高校生らしい、実に正直な反応です。
ところが、私の講演を聞いたあと、感想文にはこのように書かれていました。
「今日の話を聞いて、今度は少しくらいハグさせてあげようと思いました」
「今度は私からハグします」ではありません。
**「少しくらい、ハグさせてあげよう」**です。
そこに残っている微妙な距離感も、なんとも高校生らしく感じました。
それでも、お父さんの思いを少し受け止めてみようと思ったことは、その生徒にとって大きな一歩だったのではないでしょうか。
感謝や愛情は、いつもきれいな言葉で伝わるとは限りません。
「ありがとう」と言えなくても、少しだけ相手に心を開く。
それも、大切な思いの伝え方だと思います。
大人になっても「ありがとう」は照れくさい

感謝を伝えることに照れくささを感じるのは、中学生や高校生だけではありません。
講演を聞いた社会人の方から、
「この年になって恥ずかしいと思いましたが、勇気を出して伝えました」
という内容のメールをいただいたこともあります。
親子で過ごした年月が長いほど、改まって感謝を伝えるのは照れくさいのかもしれません。
何十年も言わずにきた言葉を、急に口にするのですから、簡単ではありません。
私自身も、母に伝えるまで何年もかかりました。
だから、言いたくても言えない人の気持ちも分かります。
手紙でも、メールでもいい
感謝は、必ず面と向かって伝えなければならないものではありません。
直接言うのが難しければ、手紙でもいい。
短いメールでもいい。
誕生日や記念日をきっかけにしてもいい。
「生んでくれてありがとう」のような大きな言葉でなくても構いません。
「送ってくれてありがとう」
「ご飯を作ってくれてありがとう」
「話を聞いてくれてありがとう」
日常の中にある、短い「ありがとう」から始められます。
今はまだ言えないという人は、自分なりの期限を決める方法もあります。
高校を卒業して県外へ進学するまでに伝えたいと書いた生徒のように、「いつか」を少しだけ具体的にしてみるのです。
感謝できない日があってもいい
心が苦しいときや、相手との関係に悩んでいるときに、無理に感謝を探す必要はないと思います。
「感謝できない自分は駄目だ」と、自分を責める必要もありません。
家族だからこそ、簡単には整理できない思いもあります。
今すぐ言えないなら、言えるようになるまで待ってもいい。
少し心に余裕が戻ったとき、
「あのときは助かった」
「そばにいてくれてよかった」
と思えたことを、一つだけ言葉にできれば、それでよいのではないでしょうか。
自分にできる方法で、思いを届ける
感謝の伝え方に、決まった形はありません。
面と向かって伝える人。
手紙を書く人。
メールを送る人。
今は言えなくても、いつか伝えようと心に決める人。
そして、お父さんに「少しくらいならハグさせてあげよう」と思う人もいます。
大切なのは、立派な言葉を使うことではありません。
自分にできる方法で、相手へ思いを届けることです。
今日、誰かの顔が浮かんだなら、短い「ありがとう」を一つだけ伝えてみませんか。
面と向かって言えなければ、手紙でもメールでも大丈夫です。
きっと、その人に合った伝え方があると思います。
命と感謝を伝える講演を行っています
私は、32年間の消防・救急現場で経験したことをもとに、命の大切さ、当たり前の日常のありがたさ、家族へ思いを伝えることについて、さまざまなテーマの講演でお話ししています。
中学生・高校生を対象とした人権講演会では、救急現場で感じた命の尊さや、家族や周囲の人を大切にすること、感謝を言葉にして伝えることについてお話ししています。
講演には、テーマに沿ったオリジナルソングの弾き語りも取り入れています。
講演を聞いたことが、大切な人へ思いを伝える小さなきっかけになれば、これほどうれしいことはありません。

