自分を認める作業

頭を抱える若いサラリーマン

消防局を早期退職して歌入りの講演を主な仕事にするようになって、二年半が過ぎました。

講演に自作の歌が入るという変わったスタイルのため、「どんな時に歌を作るんですか?」、という質問をよく受けます。
車の運転中だったり、自室にこもって作ったりと、状況は様々です。私の場合、歌を作るという行為は、自分の感情を認めていく作業でもあります。

世間一般の消防職員に対するイメージは「勇猛果敢」、どんな状況にも屈することなく立ち向かうというものではないでしょうか。

そうあらねばならない反面、消防士も人の子です。原形をとどめない人の姿や、自分の子どもと同じ年頃の子どもが絶命した姿を目にして、何も感じずにいられる人間などまずいません。

現場では、夢中で活動するものの、活動が終わって一人になると、その情景が鮮明によみがえり、涙が流れて止まらなかったこともありました。

非番日に、自室でギターを弾くと、自然に歌が生まれてきました。子どもへの思いがメロディーに乗って口からあふれ出て来ました。

現場や職場では出せなかった感情を解き放つように、泣きながら歌いました。それは、「自分は悲しかったのだ。切なかったのだ」と、自分の感情を受け止める作業でもありました。

私自身、笑えない時期がありました。仕事や子供のことで悩み、苦しい思いの時にも歌を作りました。

夜中に病気で苦しむ妻のため息が聞こえてどうしていいのかわからず途方に暮れた日々にも、どこへ向けていいのかわからない怒りがこみ上げてきたり、へこんでやり切れない時も、歌を作りました。

それは悲しみや苦しみや怒りの確認でした。忘れることではないし、歌うことが解決ではない。それは自分の感情を認める作業でした。

胸の中にある言葉を書き出していくと、次第に自分の置かれている状況を客観的に見ることができるようになりました。
「いいとか悪いとかではなく、自分はその時そう感じたのだ」と、ありのままの自分を受け入れることができるようになりました。

そんな歌を講演会で聴かれたたくさんの方が、「癒された」「気持ちが楽になった」「優しい気持ちになった」という感想をアンケートに書いて下さるようになりました。

こんな、ある意味自分療法で作った歌が、少しでも聴いた人の心を軽くし、力になることができるとしたら、作者冥利に尽きます。もっともっと心に届く歌を作って行きたいと思っています。

(新聞の月一コラムに掲載されたエッセイです)

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