長い消防士生活の中で、さまざまな場面に出くわしてきました。
病気やケガをした人の人生の一場面に立ち会うだけなのですが、その方の人生ドラマを垣間見ることもありました。
そのたびに、なんでもない平凡な日々こそかけがえのない大切なものなんだと痛感してきました。
ついつい忙しさに流されて、私たちは日常のありがたさを忘れがちです。
なので私自身、折に触れて過去の出動体験を思い出すようにしています。
どうも最近、忙しすぎてイライラする事が多い。
大切な家族や友人に感謝の言葉を伝えていない。
ゆっくり人生を楽しむゆとりをなくしている。
そんな思いがもしあるのでしたら、私が日常の大切さを思い知らされたエピソードをぜひ読んでみてください。
救急車の中には涙あふれるドラマがある
急病の人を救急搬送する時、多くの場合家族が同乗して病院まで行きます。
ある救急では、50代の女性を搬送する時、ご主人が同乗しました。
気難しそうな顔の男性で、おそらく典型的な亭主関白だったのでしょう。
苦しそうな呼吸を続ける奥さんを、怒ったような表情で見つめていました。
(手を握って、優しい言葉で励ましてあげればいいのに)
私はそんなことを思いながら、血圧を測ったり、SPO2を測ったりしていました。
住所・氏名や、奥さんの既往症のことなどを聞くと、それには答えてくれますが、それ以外は終始無言でした。
病院の救急処置室で話しかけるご主人
病院に到着し、救急治療室のベッドに奥さんを移すと、看護師さんは奥さんに酸素マスクをつけると、ベッドの周囲の白いカーテンを閉めました。
ベッド横の椅子に座ったご主人の影が、カーテン越しに見えました。
「もう大丈夫や、俺はずっとここに居るからな」 カーテンの向こうからご主人の声がしました。
救急隊員がはじめて耳にした、奥さんに話しかけるご主人の言葉でした。
搬送証明書を受け取ると、ストレッチャーを押して救急車に戻りました。
ストレッチャーを収納した後に、座席と車のボディーの間に、折りたたみ傘の忘れ物を見つけました。
家の玄関から救急車に乗るまで、奥さんが雨に濡れないように、ご主人がさしていた傘でした。
その傘を持って、救急治療室に戻りました。
当たり前にある日々は当たり前じゃない
救急治療室に戻ってみると、すでに医師の処置が始まっていて、ご主人はカーテンの外に座っていました。
彼は、私の姿に気づかず、不安そうな表情でうなだれていました。
救急車内では怒ったような表情だったのは、不安でどうしていいのか分からなかったからなのだと思いました。
我に返って私を見たその目は、涙に濡れていました。
言葉にしなかったものの、奥さんのことをとても大切に思い、心配でしかたなかったのでしょう。
当たり前にある日々は当たり前じゃないことに気づかされた瞬間でした。
大切な人には日頃から感謝をしよう
何でもない平凡な日々こそが幸せなんだと、あらためて教えられた救急搬送でした。
誰だっていつ病気になるのか、いつ倒れるのかなんて分かりません。
忙しさにかまけて、大切な人への感謝や愛情を忘れていれば、もし何かあれば大きな後悔にさいなまれることは間違いありません。
何でもないけど一緒にいられる幸せな時間を過ごすために、大切な人には感謝を伝えましょう。
花を枯らさないために毎日水をやりつづけるように、日々感謝を伝えましょう。
ある交通事故現場で平凡な日常の大切さを教えられたエピソードはこちらです。
「言葉」は心を伝えるためにある
何でもない日でも、笑顔を忘れないように過ごしましょう。